第六七四夜 費やす
大したことをしているわけではなく
不幸なエピソードがあるわけでもないのに
とにかく
お金が足りなかった
仕送りをもらい
足りなければ短い電話で送ってもらい
昼も夜もバイトをしているのに
まだ お金が足りなかった
いや
大したことをしているわけではない
というのは 僕だけの感覚で
本当は散財していたのかもしれない
でも
学生が買わされるような
単価の高い教授が書いた本
を買い漁るわけでもなし
デザイナーズブランドの服を買うわけでも
生活に不釣合いの欧州ブランドのバッグも
繁華街での飲み代に消えるわけでも
ない
女に金を借りても
女に貢ぐことは有り得ず
気前よく友達や後輩に奢るわけでも
金に困っている友達に貸すわけでもなく
僕はただ
学生ホールで紙コップのカフェオレを飲み
焼肉定食ではなく
天ぷらうどんを食べ
晩酌の代わりにインスタントコーヒーを飲み
あたりめ の代わりにアルファベットチョコレートを食べ
レコードを買う代わりにこの番組の曲をテープにエアチェックし
女を抱く代わりに月刊誌を買っていただけだ
まず 電話が停められ
次に 電気
それから ガス
最後は 水も停められた
お金をかき集めて
それらをリカバリした後は
まるで刑期を終えた囚人のように
手当たり次第にいろいろなものをむさぼった
もしかして
たった一回の散財からスタートして
その後 リカバリとリバウンドを
延々と繰り返していただけなのかもしれない
「だから新聞は信じられないよ」
と ぼやく先輩が身近に居た
先輩の部屋には古本屋で買った本が
柱のように何本も積み重なっていた
「18時からコート予約入ってるから」
と代返を僕に頼んで飛び出していく友が居た
テニスを上手くなりたいと一心に願っている
そいつは目がいつも輝いていた
「これ 俺の女」
と飛び切り美人の女をさらりと紹介する
格好いい同級生が居た
流行の服と靴とバッグは毎日違っていた
「ごめんね~ その頃 山に行ってるの」
と僕の誘いを断る女が居た
スキーの1級取得に燃えているそいつは
僕との夜に燃えることは滅多になかった
「おめえ なんか面白いことやれ!」
と飲み会の度に無茶な注文をする先輩が居た
僕はそんな芸を持ち合わせていなかったけど
人に要求する分 先輩はいつも楽しいことをやった
僕には何もなかった
お金は手に入るのに
手元にはほとんどなく
その使い道も自分で不明だった
お金を使う目的も
お金以外の目標も
お金と関係ない実績も 自信も
なんにもなかった
“不自由”と感じられるだけの自由
を過ごしていることに気付かず
相変わらず
お金のリカバリとリバウンドに明け暮れ
テーブルの上に散らばった小銭を前にして
煙草とあと何が買えるのか
を
じっくり考えている自分が居た
♪♪♪
Daryl Hall & John Oates「Wait For Me」
https://www.youtube.com/watch?v=5zkHLp24Gis
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