第五百夜 刺激



待っていたそのときはやがて来た

部屋は二間になってそれまでの三倍の広さに

しかも

仕切りの襖を押入れに入れて一間仕様にした



窓は一つから三つに

北の窓からは常緑樹の代わりに路地の街灯が

東の窓からは最寄り駅の高架ホームが

西の窓から遠くに使わない私鉄の線路が見えた



14インチの小さくて赤い

でも 僕専用のテレビが置かれ

UHFの室内アンテナが取り付けられて

チャンネルと音量だけのリモコンも装備された



一人分の食材が入る小さな赤い冷蔵庫と

野菜を洗うための黄色いボール

ジャガイモの皮をむく白いピーラー

カレーを煮るクリーム色の鍋も備え付けられた



机の上には

いつでも温かいコーヒーを飲めるように

持って注ぐタイプの魔法瓶が置かれ

茶渋の取れないマグカップも置きっぱなしだった



僕専用の洋服ダンスに

僕専用のアイロンとアイロン台

僕専用のティシュとゴミ箱

僕専用のトイレに新聞受け



隣の部屋のドアの開け閉めする音

若い女が笑う高い声

押し殺したような夜の営みの声

苦情を表す壁のノック音はあっても



この部屋が僕専用で

部屋の中身の何もかもが僕専用で

吸っている空気ですら僕専用

ということがしばらくの間 奇跡だった



何度行っても馴染みにならないラーメン屋

数分たがわず着いても知った顔が居ない駅

朝まで繰り返し流される同じCMを見ても

飽きることなくコーヒーを飲み続ける



独りで居るのに

独りで暮らしているのに

自分を見つめることすらない自由とは

刺激にさらされても平気な顔をしている自分



僕専用の空間に

TV局が3つ増えただけで

FM局が1つ増えただけで

いとも簡単に手に入れた自由とは



第五夜も第五百夜も変わることのない

怠惰な

そして

刺激的な自由だった




♪♪♪

The Style Council「My Ever Changing Moods」

https://www.youtube.com/watch?v=f9x-JlyfVRs

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