第四夜 僕の時間



どんなにあくせく働いたところで

給料なんて変わらない公務員なのに

親はいつも忙しそうに働き

家内でも眉間にシワを立て忙しそうにしていた



だから

子どもも忙しそうにしていたり

勉強机に向っていると何も言われなかった

「忙しい」ことと「勤勉」が美徳だった



よって 僕は何をするのも勉強机で した

手紙を書くのも 居眠りをするのも

音楽を聴くのも 妄想にふけるのも

全部 勉強机で した



狭いアパートの四畳半の部屋が僕の城だった

勉強机と家族の洋服ダンスを置いてしまえば

あとは 布団を敷く一畳分と

スクワットをする半畳分しか見えなかった



廊下から全ての部屋に3歩以内で行けるので

隣の部屋で立ったり座ったりするだけでも

空気の変化でわかるほどだった

薄い襖は「見えていない」だけの仕切だった



家族の洋服ダンスが僕の部屋にある以上

誰も彼も僕の部屋に入ってきた

家族は一応ノックしたが

こちらが返事をする前にみんな入ってきていた



目の前には 大嫌いな常緑樹

僕の後ろは愛想だけのノックで侵入する家族達

左側は壁 そして右側は

家族のパンツが入った洋服ダンス…



僕は深夜をいつも待った

空気の変化にも気が付かない

誰にも邪魔されることのない

家族が寝静まる深夜だけが僕の時間だった



そして 呼吸を止めて待ち続けるそんな僕を

今夜も軽快なメロディを奏でながら

黒いスピーカーだけが

そっと見つめている



このアパートに住み始めて11年

忙しさからも 勤勉からも 

常緑樹からも タンスからも

その全てから逃れられる日を


僕は待ち続けた




♪♪♪

Grover Washington Jr.「Just the Two of Us」

https://www.youtube.com/watch?v=9zRbHHJ5C7Y

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