Consecutive 5 初動
直径30センチほどの、棘の生えた巨大な目玉。そいつらが僕たちから距離20メートル、二階建ての建物の少し上……地上から10メートル足らずの宙を漂って、様子を窺うようにゆっくり旋回している。こちらも相手の出方を見ているけど、いつでも反撃できるように身構えてはいる。
数は全部で五体。剥き出しの眼球に棘、というより両刃のナイフのようなものが突き刺さっている。シルエットだけ見れば十字の何かに見えるけど、そんな生易しいものじゃない。こいつもやっぱり、先日見た大きな手の化物のように害意を持った存在だ。迂闊に近寄ってこないのは性質なのか、あるいは幸司の牽制を見て僕たちの攻撃を警戒しているからだろう。
裏路地で沈黙のまま続く睨み合い。……しかし向こうは文字通り目力というか巨大な眼球そのものなので、気色悪いし刺さった刃がどことなくグロテスクだ。長々と見ていたくはないけど、僕らも化物も見逃すつもりはない。
印象とは別に肌がざわつく、嫌悪にも似た気色悪い感覚。幸司はどう感じているのか分からないけど……やっぱり、この化物は存在を受け入れ難い敵という認識しか持てない。どうしてこんなに否定したいのかは自分でも分からないけど……でも、やりたい事は分かってる。
イメージを省略して、自分の中の熱量を意識するようにして念じれば、両腕が光り出す。これも幸司との練習を経て出来るようになった事だけど、過程を飛ばした分扱える力はそこまで大きくはないし複雑な事も出来ない。でも、戦うには必要で、かつ十分でもあるはずだ。
「二つ!」
腕に貯まった力を開放するように二つの目玉に向かって手を伸ばし、拳を握り込む。すると、旋回していた化物が動きを止めた。僕が力を使って、“掴んだ”のだ。
「っだあ!!」
間髪入れず渾身の力を篭めてを腕を振り下ろし、
『ゴッ』
地面に叩き付けられた目玉が、高い場所から重いものを落としたように重低音を響かせる。加減も無しに攻撃を喰らった化物が、僕の見えざる手に抵抗するように動いているけど、微かに震えるだけ……まだ、消えないのか!?
『バチィ!』
今度は何かが弾けるような音。幸司の放った電気が、化物を追撃したのだ……それを受けて、二体の化物は今度こそ動かなくなって、消滅していく。
「思い切りがいいな!」
「残りは!?」
やや幸司の台詞を遮るように叫んで、上空を飛んでいるはずの残り三つへ視線を戻す。
自分の仲間がやられたからか、あるいはこのままではやられると思ったのか、化物の動きが素早く不規則なものに変わった。ただし、逃げる気配はしない……たぶん、次は攻撃してくるだろう。
「
「それなりの頻度で出てくるヤツだ。ただ、いつもの倍は多いな」
「誘い出したから、そのせいだと思う」
「でも気を付けろよ、こいつの攻撃はな」
幸司が説明を終わる前に、眼球が一斉に小刻みに震えた。
ヤバい。嫌な予感から咄嗟にその場を飛び退くと、三つの眼球の水晶体……黒い部分から、光の帯が放たれる。僕がいた場所の足元からシュウ、とコンクリートが溶けるような音が聞こえた。
「光線……!?」
地面は実際に溶けてはいない…けど、地面から昇り立つ水蒸気がどんなものかを分かり易く表していた。
「ご覧の通りだ! アレにまともに当たったら数日は火傷の後が消えないからな!」
そんなに、と言おうとして連中の熱視線に間を焼かれて遮られる。お喋りをしている場合じゃない、気を取り直して上空の目玉の化物を睨み返す。
しかし先日のやつもだったけど化物は何故、人の身体の部分を模した姿なのか。もしくはたまたま人の身体に似ていたのか。そしてもっと疑問なのは、何故『目覚め』た人間を狙うのかだ。
(どれも偶然……って事は無いな)
恐らく浮かんだ疑問には理由があるはずだ。ただ、今は考える暇はない……まずは目の前の障害を、
(取り除く!)
今度は掴むのではなく、腕を横に振る。相手が捕まるまいと素早く動くなら、点の動きよりも線の動きで捉える!
が、不意打ちで捕まえた時と違って3つの目玉は僕の力の動きを呼んだのかバラバラの方向に散って逃れると、それぞれが不規則な軌道で僕に向かってくる。光線を放つでもなく、身体の刃を使って体当たりするつもりか!?
(でも、そう動くのも“想定”してはいた…!)
むしろ光線の方が意外だったくらいだ……いや、もしかすると十分に近寄ってからの近距離放射も有り得る。ただ一体を止めたところで、残りの目玉が僕に攻撃するのも想像するのは容易い。でも、さっきから僕ばかりを狙っているけど、僕も一人で戦っているわけじゃない。
「あの目ん玉ども、纏められるか?」
「やってみる!」
「任せたからな!」
互いに早口で短いやり取りを済ませて、幸司が帽子を押さえながら目玉たちに向かっていく。攻撃をするつもりだろうけど、火傷をすると言ったのは彼だ。進んでリスクを背負うなら危険に見合う策はあるはず。
(だから、勇気に応える!)
咄嗟に浮かんだイメージをより鮮明に、頭の中に描く。線の一つ一つを見えないキャンパスに塗り込むように、確実に。
目の前で光線を潜り抜ける幸司が見える。一度、二度、危な気無く避けると彼の背を追い越して目玉がこちらに向かってくる。少しでも足を遅くしようと幸司の電撃が飛ぶけど、当たっても威力が足りないのか化物は止まらないものの、少しだけ速度は落ちる。それでもゆっくり、僕を焼こうと目玉たちは向かってくる。
それでもまだ想像を固める。確実に、一匹残らず纏め上げるものの完成度を高める。ギリギリまで引き付けて、より確実に成功するように。
「勇輔!」
「っ!」
幸司の声がすると同時に、僕は両手の平を平行に開いて、叩くように一気に閉じた。
途端に、僕が頭の中に描いた掛け網が、文字通り光り輝く形となって表れた。かと思えば、今しがたやってみせた動作に合わせて、目玉たちをまとめて一気に包み込んだのだ。それもただ光る網じゃない……熱を持って光る網が、剥き出しの眼球の化物たちを容赦無く焼く。
光らせたのは僕たちを正しく認識させない為……恐らくあの目玉は見た目通りの機能を持っているはず。最低でも目眩ましにはなると見越してで、実際に化物たちが水晶体を向けていても攻撃してこないのが推測を裏付けている。
動きは封じた……だけど、やっぱり決定打にならない。今の僕では、化物を倒せるほどの力は出せない。倒すつもりで繰り出した先制攻撃も、幸司のフォローが入らなければいけなかった。
「とどめはお願い!」
「こっちがビビったっての!」
文句を垂れながらも、幸司が暮れかけた夕空に向かって拳を突き出すと、その上に小さな光が生まれ…徐々に大きくなると同時にバチバチと弾けるような音が響く。
電気を帯びた輝く球体。自然現象としては有り得ないものが、超常的なものによって生み出されたものだと強く意識させられる。
「こいつで、終いだ!」
サッカーボールくらいの大きさになった電撃が振り下ろされる。それが僕の作った網ごと目玉たちを押しつぶし……
パァン!
雷が落ちたかのような、激しい光と大きな音が痛いくらいに五感を刺激する。思わず集中を解いて眼を瞑り両手で耳を塞いでしまったけど、鼓膜どころか全身まで痺れている。間違いなく、幸司の攻撃の余波だ。まさに落雷のような一撃……その攻撃をまともに喰らった目玉は一匹残らず消えていて、代わりに地面には焼け焦げたような跡が残っていた。
(こ……これが幸司の力、か)
「おいユー坊、さっさとずらかるぞ」
息をつく暇も無く、幸司が僕に寄っては腕を引っ張って駆け出す。彼の焦るような行動に若干怯みつつも、されるがままに僕も走り出す。まだ体に痺れが残っているんだから、掴む力はもうちょっと加減してほしい。
「あんだけでかい音を立てりゃ、通りの通行人も近所の連中も流石に様子を見に来る。俺達は状況を説明できるけどそれはしたくねーしな」
「あ、ああ、確かに」
幸司の言う通り、何処からともなく化物が湧いてきたので超能力で退治しました、なんてのは言いたくないし力がある事だって言いたくない。そもそもコスプレ紛いの恰好をしている僕らの言い分をどれだけ信用してもらえるかも疑問だ。
通路の両脇にある建物の窓からは、先程と違って明かりを付けているところがちらほら見える。面倒な事になる前にさっさと退散するべきだろう。
「とりあえず、怪しまれずに着替えられるとこに行くぞ」
「うん。まずは移動か」
雑踏でざわつき始めたモール側を一瞥してから、僕たちは逃げるように裏路地から去っていく。
一先ず着替えが終わると、やっと心地が付けたようで大きなため息が出てきた。ここまで休まず走ってきたからか、もしくは力を使った反動もあるのか両方か、やけに身体がだるい……対して、二つのスポーツバッグに衣装を詰め込んでいる幸司はまだまだ余裕がありそうだ。
「……こんな事で幸司の通ってる学校に来る事になるとはなあ」
敷地に沿って植えられている杉を守るように並べられた高くないフェンスを越え、人気の無い駐車場で僕たちは例の奇天烈な衣装から着替えたのだけど……色々気掛かりな事はあるけど、ここに来てようやく段落が付けられた、といったところだろうか。着替えが終わる頃には既に太陽は沈んでいて、半分に欠けた月と星が夜空を照らしていた。
「勇輔、疲れたか?」
「強がりたいけど、痩せ我慢する余裕も無いくらいかな……」
スポーツバッグを背負いながらの彼の問いに、正直な気持ちを白状すると幸司はやっぱりなと言って苦笑した。
「俺もあんなに化物……
化物の事を幻の意味を持つ単語で呼ぶのは、まさに蜃気楼から採っているんだろう。先日の僕の話を聞いた時から考えてたのかな、とは思うも指摘する元気は残ってない。
「慣れない事して疲れたろ。今日はもう帰って早めに寝た方がいい、明日も平日だしな」
「うん。一晩休んで体力が戻ればいいけど」
とにかく寮に戻って休みたい。考えたい事は色々あるものの、今すぐに必要ではないし。学校に行っている間でも、一連の諸々を考察すればいいか。
「ま、体調次第じゃ明日も俺に付き合わなくていいからな。夕方までに空いた時間でメールしてくれ」
「足を引っ張りたくないから、そうする」
幸司の言う通り、化物もとい
尤も連中に襲われた結果どうなってしまうのかは、未だ分かっていないけど。ただ、アレは野放しにしていいものではないというのは、今日の戦いで自分の考えを強めたのは確かだ。
「この辺知らないだろうし、近所まで送るわ。住所はどの辺?」
「ああ、ええと」
………その後は教えた住所の近くまで送ってもらい、部屋まで戻ったところまでは憶えている。気付けば遅刻ギリギリになるまで制服のままで眠っていた辺り、僕自身が思うよりも相当疲れていたであろう事は考えるまでもない。
どうして僕があの化物に対して、自分でも驚くくらい敵意を向けられるのだろうか、昼休みに音楽室へ向かう間考えてみる。
だけど、何度考えても「理屈じゃない」という結論にしかならない。感情的だとかそういうのすら通り越して、まるで生理的な嫌悪とでも言えばいいのだろうか。今も冷静にしているつもりだけど、もしかして僕は心の何処かで怒り狂っているのだろうかと訳の分からない可能性を考えてしまうくらい、不思議な確信は揺らがない。化物と戦う事が怖いのも変わらないけど、使命感のようなものが僕を激励しているのだろうか……思ってたよりは身が竦んでいなかったのも不思議だ。自分の事ながら、よく分からない。
幸司は日課のように
きっとそれも違う。だからと言っていい加減な気持ちでやってるワケでもないのは、行動と言動を見てれば考えるまでもない。だからこそ、幸司が何を思って化物退治をしているのかは気になっている。彼と一緒に戦っていれば、いつかは戦う理由を教えてくれるんだろうか?
(分からない。けど、長い付き合いになる事を願うしかない、か)
その為にも、まずは体調を整えておかないと……力を使う練習もしておかなくちゃいけない。倦怠感も昨日よりはマシになってるけど、まだ万全とは言い難い。下手すれば僕だけでなく幸司まで危険に晒されるんだし、今日のパトロールに付き合うのは止めておこう。
今のうちに幸司にメールしておこうと、立ち止まって携帯電話を制服の内ポケットから取り出して操作を始める。
音楽室の引き戸をノックすると、中から聞き覚えのある声。どうぞという返答を聞いてから中に入ると、席に座って手に持った紙の束を眺める里條さんの姿が見える。
「もしかして、わりと待ってた?」
「多少は待たされたかしら。でも気にしなくていいわ、楽譜を見てたから」
髪をかき上げながら、彼女は楽譜を眺め続けている。曲はクラシックか何かだろうか、と彼女の容姿からそんな連想をしてしまう。
艶やかな長髪は窓から差し込む光を照り返して、里條さんの白い肌も強調する。最初に見た時も思ったけど、やっぱりお嬢様みたいだなと認識させられる。顔立ちも整っていて、品のある花のようだ。何となく気後れして、近寄っていいものかと一瞬躊躇う。
「こちらにいらしたら? ずっと立っているのも疲れるでしょう」
「ああ、うん」
何となくだけど、彼女は特別扱いされる事は望んでいないだろう。なるべく色んなものを気にしないようにして、彼女の隣の席に座らせてもらう。
「そういえば、弥六路さんは年齢はお幾つかしら?」
「まだ15歳だよ。里條さんは僕より年上に見えるけど」
「あら、新入生なの? てっきり同級生かと思っていたわ」
思わずといった反応で、楽譜から視線をこちらに移した彼女は少し目を丸くしている。僕が敬語を使わないからなのか、あるいは老けて見えていたのか、どっちだろうか。
「でもそうね。私に近い年齢の子で、貴方ほど落ち着いている子はいなかったし。老成しているのかしら?」
「誉め言葉とは受け取り難いけど……それ、貶してはいないんだよね?」
老成と言われるほど精神的にしっかりしてるつもりはないし、僕自身はまだまだ未熟な部分があると感じている。つい昨日の化物との戦いだって、もうちょっと落ち着いて行動した方が良かったと思うくらいだ。
「まさか。私は不当な評価というのは嫌いですから。反応が面白いから、言葉を選んでいるところはありますけど」
「下手に馬鹿にするよりタチが悪くない? それ」
「友好表現と受け取ってくださいな。つまらないと思われるより、楽しい人と思われた方がいいでしょう?」
分かってはいるんだけど、彼女の言葉は僕を試すようなからかうような、ちょっと意地の悪いものばかりだ。悪意は感じないから、怒る気にはならないけど。
「弄ぶのが楽しい人じゃなければ文句はないんだけどね」
「ふふ。からかい過ぎると失礼だし、次からは気を付けるわ」
気を付けるとは言ったけど、口にしないとは言わないんだな。僕は苦笑して、彼女が手に持っている楽譜を覗き込む。
「それ、何の曲なの?」
音楽に関しては全くの素人なので、譜面に乗った音符がどういう旋律なのか想像する事も出来ない。かと言って曲に詳しいわけでもないので、曲名を言われても何なのか分からない可能性はあるけど、とりあえず訊ねてみた。
「私が作曲したものよ。まだ二枚分しか出来上がってないから、聴かせられるのはもっと後になるわね」
「……作曲まで出来るの?」
予想外の答えに、今度は僕が目を丸くする。趣味にする、とは言ってたけどここまで本格的にやり出すとは思ってなかった。
「今までは嗜む程度だったけれど、やるなら納得のいくところまでやりたいから。まあ、これはそのうち披露するとして」
彼女が膝の上で楽譜の角を合わせてから机の上に置くと、立ち上がってピアノの方に歩いていく。
「弥六路さんは、ピアノを覚えてみる気はないかしら?」
「ええ!?」
さらに想定外の提案までされて、僕は驚きのあまり仰け反ってしまう。てっきりピアノを聴くついでにお喋りするだけだろうと思っていたので、そんな事を言われるとは全く思ってなかった。
「趣味を探していると言ってたでしょう? 折角だから、少し練習してみない?」
「うーん……一度もピアノを触った事が無いんだけど……」
興味が全く無いというわけでもないけど、全く未知の分野に手を出すとなると流石に尻込みしてしまう。
「初めのうちは誰だって上手には出来ないものよ。私も習い始めの頃は鍵盤の位置なんて全く分からなかったもの。最初から弾けるのなら、その人は天才かズルして前世の記憶でも持ってきてるんじゃないかしら?」
ジョークのつもりで言ったんだろうけど、身構える事は無いと伝えたいのは分かる。
確かに彼女の言う通り最初から演奏できる人なんていない方が自然だし、初心者なんて下手で当然だろう。僕自身にも音楽に対する興味はある。弾けるようになったらどうなるのか、という好奇心もある。考えてみれば、何も断る理由は無いように思えた。
「分かった。どうしても上達しなかったら、その時はその時だね」
「私も上手く教えられるか分からないけど、何事も経験ね。まずは音階の場所から覚えましょう」
彼女がピアノ前の椅子まで歩くと、僕に向かって手招きをする。その表情から、彼女自身も僕に教えるという事に好奇心を覚えているようにも見える。彼女にとっても初めての経験なのかもしれない。
(なんか、珍妙な事になっちゃったな)
ピアノの前へと向かいながら、どこか期待感で胸が高鳴っている自分に内心呆れてしまう。好奇心があるつもりはなかったけど、いざ新しい事を体験しようという時はみんな同じ気持ちになるのだろうか?
今分かるのは、綺麗な女子生徒と知り合ってお喋りできるのは、幸運なのだという事だけだ。
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