Consecutive 4 招来
男の子であれば、大抵一度は憧れるものがある。お金持ちとか即物的なものに始まり、飛行機のパイロットや何かの職人といった職業。あるいは絶世の美男子だとか、容姿に絡んだものもある。
中でも外せないのは、やっぱりアニメや漫画、ゲームで物語の中心であるヒーローだろう。大きな力をもって巨悪と戦うという常識から離れた存在は、勿論正義という志を持ってどんな時でも諦めない心の強さも同時に併せ持っているものだ。色んな要素を一つに纏めたそれは、今も羨望を集めて止まないのだろう。現在に至るまでも正義のヒーローが根幹にある作品が出続けているのは、いつの時代も子供達に必要とされているからではなかろうか。
「……………」
赤いバンダナ、赤いマント、赤い手袋に赤いブーツ。まだ暗めな赤色なのが救いか、それでもこの格好で商店街を歩くのはかなり気恥ずかしい。一応伊達眼鏡もしているけど、同じ学校の生徒だと看破されないか不安で仕方ない。悲しい話だけど、友達がいなくて良かったと思ったのは生まれて初めてだ。
「悪いな、まともなのがその一式しか残ってなくてさ。ま、逆にアイツだーって気付かれ難いんじゃないか?」
僕の何歩か先を歩いている幸司は、黒い学生帽のようなものと同じく黒いマントを羽織っている。こっちもコスプレ染みた格好をしているけど、色が地味な分相対的に僕の方が目立ってる気がしてならない……いや、たぶん僕の方が目立ってるんじゃないかな。すれ違う人々は僕たちを見ながら怪訝そうな表情をしたり、ひそひそ話をしているようだけど、なるべく見なかったり聞かなかった事にしよう。
いわゆる“アレ”関係の活動をするにあたって、なるべく自分だと気付かれない方がいいというよく分からない理屈で強引に押し切られて、似たような恰好をさせられたワケだけど。確かに、止むを得ない理由であの力を人前で使う場合、ぱっと見で僕らの身元が分からない方が助かるのは事実だ。だからと言ってわざわざ人の多いところを進んで歩かなくても、とは思うも例の化物は人口密集地に出るという傾向がある以上避けられない場所ではある。
後は、巡回している警察官に職務質問されなければいいな……と思ってると、幸司が不意に立ち止まっていたのかぶつかりそうになりつつ、一歩後ろに引く。
「どうしたの?」
「いや……そういやユー坊は街中でアレに襲われたんだよなって思い出してさ。なんか変わった事は無かった?」
いきなりあだ名っぽい呼び方をされてびっくりしたけど、変装が正体を隠す為のものだというのを思い出して、口にしそうになった疑問を飲み込む。確かに、そのまま幸司と言うのもこの奇天烈な恰好をしている意味が無くなっちゃうか。
「ちょっと待って。今思い出すから」
正体不明の化物に襲われた記憶が色褪せるほど時間は経っていない……二日前の事だし、むしろ忘れようがない。
あの時僕は逃げるのに必死で周囲の様子を窺う余裕なんて全く無かったけど……ただ、一つだけ気になった事はあった。
「僕がまだ陽炎のようなアレを見ている時、周囲の人は何処か一点を見てた……かな。なんで気付かないんだって、不思議だった」
幸司にはそういうものだという説明は聞いたけど、やっぱり腑に落ちない。自分の命の危機かもしれないそいつは、もしかしたら周囲も危険に及ぶ可能性だってあったかもしれないのに。
疑問はもう一つある。あの化物が何故僕を狙ったのか、その理由だ。幸司の話を聞く分にも、どうやら奴らは僕や幸司のように『目覚め』たのを襲うみたいだけど……一体何の為に襲い掛かってくるんだろうか。
「ふーむ。ちょっと聞き込みしてみるか」
「聞き込みって………この格好のままでやるの!?」
「ああ。俺がやるから、ユー坊は黙ってていいぞ」
「いやそうじゃなくて……」
止めようとは思ったけど、僕自身も当時何が起こっていたのかというのは少し気にはなっていた。それに僕が見知らぬ人に話を聞こうとしても緊張でそれどころじゃなくなりそうなので、進んで情報収集をしてくれるのは助かる。
(とは言え、僕もあんまり甘えてもいられないな)
もしかすれば幸司が何らかの理由で不在になった場合も、予め覚悟しておくのが今後の為になるだろう。今は一先ず幸司の後ろをついていく。
「失礼。ちょっとよろしいかな」
帽子を目深に被り直しながら、先程の会話と比べてかなり低いトーンで商店街を歩いている男子学生の二人組に声をかける。
「な、何ですか?」
学生の制服は緑色のブレザーで、幸司が通っている高校のものと同じだ。同じ学校の人間に声をかけるのも驚くけど、声のトーンを大分落としていたのにも驚く。自分だと分からないようにする為の工夫だろうけど、若干威圧するような雰囲気まで出せるのは大した演技力だ。
「一昨日、ここで何か事件はあったかな。野暮用で調査してるんだがね」
「事件って……なんかあった?」
声をかけられた生徒が隣の友人に訊ねてみるけど、コスプレしてる人に声をかけられるとは思ってなかったんだろう、まだ若干の動揺が見て取れる。僕だってこんな見た目の男にいきなり話しかけられたら萎縮するだろうから、気持ちは分かる。
「事件、って程じゃないけど。ゲーセンの方で喧嘩はあったって話は聞いた。警察や救急車も呼ばれてて、ちょっとした騒ぎになったとか」
「聞いた、という事はその場にはいなかったのかな」
「ああ、学校の連中が噂してたのを聞いただけだし」
「そうか。参考になったよ」
それ以上の情報は期待できないと思ったのか、適当に話を切り上げて幸司はその場から離れていく。僕も馴染まない伊達眼鏡の位置を治しながら、彼の後ろについていく。
歩く速度を緩めずに、幸司は何処かへ向かうようだ。行先はついさっき話に出たゲームセンターだろう、着いたらまた話を聞くつもりだろうか。
「騒ぎが起こるのとアレが出てくるのは関係していると思うか?」
歩きながら背後の僕に問い掛けているのか、あるいは自問自答とも判別付き難いような台詞。トーンの低さも続いていてちょっと反応に困るけど、僕自身も少し考えてみる。
一昨日に聞いた説明では、人同士のいさかいがある時にアレが出てくる、とは言っていた。ただし因果関係を証明するものはない、というのは幸司の口振りから察してはいる。
少なくとも、絶対に関係が無いというのは断言できない。ただしあるとも言えなくて、考察を進めるほどの材料が揃っていないというのが現状だ。先日、跡形もなく消えたのを見る限りでは、形に残る証拠も期待できなさそうだ。となれば、残るは僕や幸司が直接見た上で判断をしなければならない、という結論になる。状況証拠だけでもあれば化物の正体に近付く小さな一歩になる、と思いたい。
「何とも言えない。手掛かりがあればいいけど、どうだろう」
「現地を見ないと始まらないか」
あの化物が何故生まれるのか、何故『目覚め』た人間を狙うのか、その目的は一体何なのか。僅かでも繋がるものを求めて、僕たちは仮装をしたままモールの中を歩いていく。
先日派手な喧嘩があったらしいゲームセンターは、今日も普通に営業しているようだ。学生服と私服が入り混じる中、仕事帰りと思われるスーツ姿の男女もちらほら見かける。もう少し閑散としているかなと思ったけど、入り口から窺う限りでは少なくは見えない。叫びに近い歓声も聞こえてくるので、それなりに繁盛しているようで何よりだ。
しかし僕たちはここに遊びに来たわけではない。幸司と並んで入り口付近から様子を伺っているけど、彼は考え中なのか無言のままだ。
ここであったという喧嘩は直接的には関係が無いはず。なので、先程以上の聞き込みはする必要が無いだろう。僕達が求めているのは化物が存在する、あるいはしていた証拠。
そこまで思って、あの化物は生き物や物体に干渉できるのだろうか、という疑問が浮かんだ。考えてみれば、アレが僕たちにどんな影響を及ぼすのかも分かっていない。ただ、あの化物は『いつか人の害になるもの』という確信が根拠もなくあるのだ。困った事に否定する気さえ起きない。幸司がどう思っているかは分からないけど、少なくとも僕にとってアレは排除するべき異物という認識だ。
勿論、今でも関わりたくないという気持ちはある。だけど、アレを放っておいたらもっと恐ろしい事になる……理屈も抜きに、否が応にも直感めいた何かが僕を駆り立てるのだ。
だから、僕としては何としても尻尾を掴みたいんだけど……どうすればいいのやら。
「ユー坊の“アレ”さ。特別なものを感じ取れるとか無い?」
幸司の方も特に思いつく事が無かったのか、いい加減な事を訊いてくる。ただ、全面否定は出来ない。
「出来ない……とも言えないかな。試した事は無いし」
僕の能力に関しては未知数なところが多い。幸司のものは単純に電気反応を起こしたり攻撃に応用する事が主のようだけど、僕のはまだぼんやりと『イメージを形にする』というだけで幅に関しては何とも言えないのだ。
もしかしたら、化物の存在を感知できるような使い方もあるかもしれない。出来るとも言い難いけど……とりあえず、やってみなければ分からないだろう。
「人気のないところ、この辺の近くにある?」
「ん。こっちだ」
意図を察してか、幸司が踵を返して歩き出すのでその後ろに付いていく。
思いついたことは二つある。可能かどうかは分からないけど、まずは試してみない事には始まらない。ダメだったならその時考えるしかない。
数分と経たずに辿り着いたのは、道幅2メートル程度の薄暗い道。並び立つ建物に窓は付いているけど、明かりはまちまち。表通りの雑踏はここから見えるけど、まず覗き見するのは物好きくらいしかいないだろうというロケーションは確保されてる。
「こ……
「ケイ……ああ、まーそうだな。日課も散歩のついでみたいなところはあるしな」
そのまま呼ぶのはまずいと思って、咄嗟に幸司にイニシャルで呼んでみると彼はすぐに意図を理解して頷く。幸司も似たような思惑でのユー坊呼びだったのだろう、察してくれてほっとする。
「で、試そうとしてるのってなんだ?」
「うん。この前の練習の時、僕の力をイメージを形にするって言ったよね」
目覚めたばかりの僕に付き合って、力がどんなものなのか確かめていた時に幸司がそんな評し方をしていたのを口にする。つい先日の事だからまだ憶えているとは思うけど、要領を得ないのか彼は首を傾げている。
「……で、少しの間だけでも思うような効果を付与できないかな、と」
口にしながら借りた伊達眼鏡を外したところで思い至ったのか、幸司が「なるほど」と手の平で相槌を打った。
想像を形にするというのであれば、今あるものも作り替える事も可能、と捉えることも出来る。ただ、僕の力は集中を維持していないと影響し続けられないので、気を緩めれば効力を無くすだろう。
「上手くいってくれりゃ今後楽にはなるな」
「可能ならね。まずは…」
眼鏡を胸元辺りに定めて、意識を集中させる。力が湧き出るイメージをする。
土から芽が息吹いて花となり、枯れる間に幹を太らせ背を伸ばし樹木へと変わる。樹木はやがて四肢に枝を伸ばして身体の一部となる。力が表に出る時は、まるで果実が成るように。ここまで想像して、僕の両腕が微かに光を帯び始める。
僕が力を使う時のイメージは「樹」だ。幸司の場合はたぶんだけど、電気に関係するものに近いんじゃないだろうか。あるいはエネルギーに関係する何か、かもしれない。
(っと)
余計な思考で集中が乱れそうになったので、力を使う事に専念する。暴発はしないと思うけど、伊達でも眼鏡のレンズを割ってしまったら勿体無い。
そのレンズに色を塗る。僕の衣装が赤だから、合わせて赤くしてみる。ただし近付ければ無色になるように、見通す景色はそのままに。ただし、“力”や化物は赤く見えるように。
どんなものにするか考えながら、意識を眼鏡のレンズに集中する。両腕の光が掴んだフレームを伝って眼鏡を覆っていく。
練習の時に物体同士をくっ付ける事は出来たけど、その性質を変える事は果たして可能なのか? 未知数過ぎて何とも言えないけど、我ながら都合の良いモノを作ろうとしてるとは思う。言うなれば魔法の眼鏡を作り出そうとしているわけだし。
……しかし、やっぱり変化させるのに成功している感じが全くない。確かに力が眼鏡に作用している、というのは分かるんだけど……それ以上の手応えが無い。文字通り僕の想像力が足りないのか、あるいは僕の能力では不可能なのか。しばらく眼鏡を注視し続けていたけど、光のもやを帯びる以上の事は起こらない。あまり力を篭め過ぎても眼鏡が耐え切れずに割れてしまうだろうし……時間もかけたくない。中断してしまおう。
「………ふう」
少しずつ力を抜いて、集中を解く。両腕も合わせて光を失って、元の両手に戻っていく。眼鏡も輝きを失っていくけど、僕が思ったような性質に変化したワケではなければ一時的な効果が付与されたワケでもない。
「ダメだ。僕の能力だと、こういうのは向いてないのかもしれない」
失敗と告げれば幸司は眉を寄せて腕を組みつつ、告げた結果にやや残念そうに溜息を吐いた。
「くっ付けたりは出来るけど、何かを別物にするってのは全然違うって事か」
「当たり前かもしれないけどね。より自分の力の性質が理解できただけマシかも」
より細かい実証は個人的にやるとして……これで“もう一つの手段”をやらざるを得なくなった。その為にも場所移動をさせてもらったけど……手に持った伊達眼鏡をかけながら、もう一度周囲の人の気配を確認する。
幸司が僕を連れてきた路地裏は袋小路ではなく、モールの外に続く道にもなっている。太陽は完全には落ちていないけど、空は薄暗くなり始めている。モールの方もそろそろ人通りが少なくなってくる頃だろう。
「あと一つ、考えてた事は……そろそろかな」
「ん、二つも策があったのか?」
予想外だったのか、少し驚いてみせる幸司。僕は苦笑を返して……顔を引き締めた。
「うん。アレは、僕らのような『目覚め』たのを襲い掛かってくる、って幸司は言ってたよね。少なくとも、自分は火の粉を振り払っていたって」
彼が僕と出会う前にどんな事をしていたのか、練習の合間に耳に挟んではいたけど、そのうちの一つ……幸司は時折あの化物を相手にしていたという事だ。僕が襲われた時のように、向こうから現れる事も度々あったと言っていた。
「たぶん、アレは僕らの持つ“力”に引き寄せられて現れる。目的は分からないんだけど……目標だけはハッキリしてるから、確認はしようと思って」
「こう言っちゃなんだけど、ユー坊は進んで関わりたくなさそうに見えたんだけどさ。どうしてそこまでやるんだ?」
尤もな質問だ。やっぱり幸司の目から見ても、僕が好戦的な人間にはとても思えないようで、それ自体は僕も安心しているところなんだけど。そうなると、やっぱり理由が気になるのは自然だ。
「Kが思ってるように僕は荒事なんて苦手だし、喧嘩だってまだ小さい頃にカッとなった時くらいで、小学生の頃には臆病なくらいだったよ。でも、だからなんだ」
勇気を持てるように、自分の弱い心を克服したいから……という理由も無くはないけど決して大きなものじゃない。そんなものはついでだ。
「僕のように、『目覚め』かけた人が襲われる事だってあり得るのは身をもって知ってるし。あと昨日も言ったけど、もう無視できないから」
「お人好しだな。まだ知り合って間もないだろ、俺とお前は」
呆れたような笑いを向けてくる幸司の言う事も、分かってはいる。分かってはいるけど、何も言わずにはいられなかった。何もせずにはいられなかった。
自分でも馬鹿なヤツだと思う。頭ではそう思っていても、この気持ちは理屈じゃない。
「でも、結局は自分の為だよ」
自嘲と諦めを混ぜながらも、逃げ出したい足を留められている事に安堵している笑みは、幸司の目にはどう映ったのだろうか。彼は相変わらず微妙な顔で笑うだけ。
「………っと。本当に来た」
背筋を伝う、気配というか視線にも似たものを向けられている感覚。空気の質とでも言えばいいのか、明らかに異質なものがいるという奇妙なそれが僕らの元に……恐らく、僕が先程行使していた力に引き寄せられているんだろう。
「分かるのか?」
僕が恐らくアレがやってくるであろう方向に視線を向けて身構えると、やや驚いたように幸司が聞いてくる。
「臆病だから敏感なんだよ、きっと」
「無謀なよりは倍はマシだな」
軽口も最後に、僕らが見る先……予感と推測通り、モールの方から来る脅威が現れる。
「一つ……じゃないな!?」
幸司が先制とばかりに手を突き出して、電撃を放つ。が、群れを成した何かは散らばるように飛んで、僕たちの頭上に浮かび上がる。
形は目、というか眼球そのもの。そこに棘のようなものが生えていて、シルエットは十字架に見えなくもないけど、問題は……やっぱり大きさだ。人間の頭よりも一回り大きい目玉そのものが、今まさに僕たちに襲い掛かろうと急降下してくる……!
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