セミスイート

あれから僕はジントニックばかり5杯も飲んだけど全然酔えなかった。美香はワインを飲んで程よくいい気持ちになっているようだ。Barを後にして、エレベーターを待っている時だった。


「Barも素敵だったね。お部屋はどんな感じかな?ちょっと見てみたいな」


そそそそそれはどういうことかな?!

突然の発言に思わずのけ反る。


大胆な発言とは裏腹に、美香は耳まで赤くなっていた。酔いのせいだけではないようだ。

そんなに赤くなってるってことは、誘っているということ──

だよね!?そうだよね!?間違いないよね!?

美香って肉食系だったの?!

とにかく、ここは彼女に恥をかかせちゃいけない。


「そそそそうだね、部屋空いてるかな?」


どもってしまったが、なんとか答えた。

はっ!ま、まさか…それも予約済!?


「…フロントで聞いてみようか?」恐る恐るお伺いを立てる。


「うん」


美香は小さく頷いた。予約はしていないようだ。

なんだかちょっとホッとした。




フロントで確認すると、セミスイートしか空いていないと言われた。週末だもんね…

一泊13万です…(涙

いやっ、貯金はまた出来るけど今夜は一度きりだ!ここで「セミスイートしか空いてないから無理」なんてカッコ悪いこと言えるわけない。Barでいいとこ見せれなかったから、ここは名誉挽回だろ!?


「じゃ、セミスイートで」


そう澄まして言うと、震える指でキーを受け取った。




ロビーで待っている美香に

「じゃ、行こうか」とカッコ良く声をかけた。

「うん」と小さく答えて僕の後に付いてくる。

今、山田史上最高にカッコ良かったと思う。

そしてこのまま僕は卒業するのだろうか?

いろんなことが走馬灯のように駆け巡る…

男子校の修学旅行の夜、誰も彼女が居ないのに妄想彼女の話で朝まで盛り上がったこと。

女子高生の登校時間に合わせて1時間も早い電車に毎朝乗っていたのに、一切出会いは無かったこと。その後も女性とは縁が無かった。そして35歳の夏、花さんと出会った。

花さんは僕の凍てついた扉を無償の愛で溶かし、開いてくれた。

しかし、本当に今夜卒業出来るのか?

もし、経験が無いことがバレたら?

嫌われる?笑われる?シラケて帰る?

だ、大丈夫か山田…彼女を満足させられるのか!?AVは散々見てきたけど、本当にあんなことしていいのか?なんか違う気がする。ど、どうする…?

まんじりと脂汗を流していると、黙って夜景を眺めていた美香がハッと気付いて言った。


「20階って、もしかしてスイートルーム?」


「ああ、そうだよ。週末だから、セミスイートしか空いてなかったんだ」


僕はカッコつけずに正直に言った。


「ご、ごめんなさい!私がワガママ言ったから…。また今度にすれば良かった」


美香は申し訳なさそうに小さくなって頭を下げた。


「大丈夫だよ。僕も今夜は美香と一緒にいたいから…」


え?今、誰が言った?こんな甘いセリフを?僕が?

やっぱり酔っているのかもしれない。






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