卒業白書

ドアを開けると、正面に大きな窓が見えて

一面夜景が広がっていた。


「わぁ…」


小さく歓声を上げて美香が吸い寄せられてゆく。

僕は美香の隣に立って、一緒に夜景を眺める。


「ねぇ、あの高い建物はタワーマンションかな?」

「そうだね、あの辺りはタワマンが沢山あるから」

「奥のほうの低い明かりはお家かな?あの小さな明かり一つ一つに人の営みがあるんだなと思うと、なんだかあったかい気持ちになるのよね」


僕は美香を抱き寄せてキスをした。

ふわふわと地に足がつかない。

目の前は夜景のパノラマ。

まるで宙に浮いている気分だ。


キスを中断して美香が言った。



「シャワー、浴びてくるね」




シャワーシャワーシャワーシャワーシャワーシャワー……




頭の中で美香の声がこだまする。

一瞬で現実に引き戻された。

そうだ、これから僕は一世一代の大芝居を打たなくちゃいけない。初めてだなんて悟られちゃいけないんだ。美香がシャワーを浴びている間、僕は部屋中をぐるぐる回りながら気持ちを落ち着けた。

そうだ!コンドーム!

こんなこともあろうかと、いつも財布に入れておいて良かった。予備も含めて2つ。よし、抜かりはない。美香が戻る前に枕の下に忍ばせた。



僕がシャワーから出ると、美香はベッドの上に座っていた。バスローブの胸元が少し開いて、暗めの間接照明が美香の肌を艶やかに照らす。





───ぷつっ。張りつめていた糸が切れた。





「美香ぁっ」




ごきっ




小さい頃から運動会のかけっこなんかで、力が入るといつも俯いて頭から突っ込むクセがあった。コースアウトしてよく叱られた。



「いったぁい!」



僕は美香のアゴに頭突きした。

悪いクセが出てしまった。



「だ、大丈夫?ごめん、ごめんね」


「ぷっ、ふははははははっ!」


美香は爆笑した。

バレた。

僕が童貞だってこと。

勢い余って頭突きするなんて、童貞以外あり得ないもの。


もう──終わった。


「山田さん、もしかして初めてなの?」


なんとか笑いを収めて美香が直球を投げた。

もうどうだっていい。

笑えばいいさ。


「うん、そうだよ。この年で童貞なんて気持ち悪いだろ?笑えるよな」


「ううん、気持ち悪くなんかないよ。頭突きには笑っちゃったけど」


「え?」気持ち悪くないの?


「実は、もしかしてそうかな?って思ってたの。だって、付き合って半年も経つのにキスから進まないんだもん。だから…私から誘ったの」


恥ずかしかったんだからねっ!と美香はまた耳まで赤くなった。


僕は…僕はなんて奴だ!

僕が不甲斐ないばっかりに、美香にこんな恥ずかしい思いをさせてしまった…



「ごめん…」情けないけど謝ることしか出来なかった。



「ごめんじゃないよぅ」



え?



美香が俯く僕の顔を覗き込みながら言った。




「大好きって言って」




「美香ぁっ、大好きだーーーーーーっ!」





美香は二度目の頭突きを上手くかわして

僕を受け止めてくれた。



幸せすぎて、そこからの記憶が──


無い。




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