第7話 プロになりたい!
「田井中…芸人…解散っと」
渡辺はスマホで検索をするとやはりヒットした。
ニュース記事の一番トップの見出しは、
『期待の若手芸人スペードジャック解散!』と書いてあった。
「(スペードジャックって…。よく売れたなこいつら)」
と渡辺は安直なコンビ名に嘲笑した。
記事を読むをタップすると、二人の若い頃の写真が出てきた。
田井中は襟足のある茶髪で、前髪を横分けにしたイケメンの兄ちゃんだった。
今のヨレヨレのスーツと寝癖のついた短髪、髭の剃り残しのある田井中とは百八十度違っていた。
写真に写る田井中は二次元のような細身の体とハイライトのあるキラキラした目。この頃の彼を間近で見たら俺なんて声もかけられないと渡辺は思った。
そして二人共希望を背負っているかの様な、これからの未来に期待をしている顔つきだった。
「立派に芸能人だな…絶対にモテただろうな」
渡辺は正直羨ましかった。自分自身、今までの人生で輝いた時期など何もなかったからだ。
渡辺は写真を見た後、記事を読むことにした。タイトルには『期待の若手、暴力事件で干される!?』と書かれている。
「はあ!?」
隣の壁からドンっと叩く音がした。
「やべ」
渡辺はアパートの壁が薄いのを忘れてしまっていた。
よく記事を見ると、相方の田島が酒の席で口論になり、やってしまったと。
「何だよ相方が悪いんじゃん」
「人生上手く行かないもんだな…やりきれないなあの人も」
渡辺はスペードジャックをウィキで確認すると、代表番組に『マジ
みんなお揃いの番組Tシャツを着ている。
YouTubeで動画を見ると、海をバッグに騒ぐオープニングが流れた。
基本はコント中心の番組で、こんな人いるっていうあるある系から、こんな奴いねーだろっていうブッ飛んだキャラから、ちょっと泣いて、笑えるストーリー重視の物まで、たった二十分の番組でも精巧な演出に三橋がいるのにも関わらず、嫌な思いは消え、ずっと笑いっぱなしだった。
それは演者や作家、スタッフが真剣に取り組んで作られたものだと見ただけで分かったからだ。
そして、みんなとても楽しそうだった。番組の最後はお揃いのTシャツを着て、仲良く駄弁る…という演出なのだろう。でもむずかゆくなる様な青春っぽい演出に、これは若者もハマるわと妙に感心してしまった。
そして俺はこの中に入れないし、絶対に縁が無い様な世界に見えた。
でも、三橋と田井中はこの番組の中だと、仲良く絡んでいるのに、現実は「嫌な奴」と言って、まるで敵だったかの様に恨んでいる。
そして不本意にも、彼は自分の
「何で、こんな楽しそうなのに…バカだな相方。田井中さんもわざわざ辞めなくたって一人でやれば良かったのに」
渡辺はニュースサイトに戻り、他の記事を見ようとしたところ、横にある記事のランキングの上位に、『人気声優の
「(密かに応援していた、天野ゆか。声優の不倫ぐらいで、って思うがまあ、そんな世界だろう。分かってる。この業界、いや俺が生きている世界は綺麗事ばかりじゃないことは」
しかし、渡辺は子供の様にとても落ち込んでいた。
「(子供の頃からずっと思っている。なんで幸せな人って中々見かけないのだろう。そして俺は幸せになれないのだろう。そもそも幸せってなんだ?)」
渡辺は天野ゆかの記事の落ち込みを払拭する為、再びスペードジャックの漫才の動画を見た。
「…ふっ」
そこにはこれから辞める未来など見えない売れっ子の二人がやり取りをする。
田島は畳み掛けるようにボケまくり、田井中はゆったり優しくツッコむというアンバランスさが渡辺にとって可笑しかった。
「あはははは」
たった五分弱のテレビ向けであろう漫才でも、二人の作る真剣な世界に渡辺は食い入る様に見ていた。
「すげーな田井中さん」
一切隙のない漫才。渡辺はこれがプロというものなんだと、弱い頭で感じていた。
「…俺もやらなくちゃ」
渡辺は咄嗟に今度演技の授業で披露する台本を鞄から取り出した。明後日、相手役の女の子と練習をする予定だった。
「俺だってプロになるんだ」
二人の漫才に感化された渡辺はいつの間にか机に向かって台本を覚え始めていた。
俺だって、あんな風に輝きたい。そう願いながら。
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