第5話 元芸人の田井中
「あの、起きて下さい」
「ん」
「風邪引きますよ」
「んー」
「おい」
「…」
バチンッッ!!!
「いっ!!?」
「あっ起きましたね」
渡辺は居酒屋で眠ってしまった田井中を最初は優しく起こそうとしたが、目を覚まさなかった。
最終手段でバイトと養成所の蓄積されたイライラを込めてビンタをし、やっと起きてくれた。マスターは突然の出来事に唖然としていた。
渡辺はスッキリした気持ちと、悪かったかなと後悔した気持ちが入り交じりながらも、そのまま彼を外へ連れていく。
◆
「あの本当に大丈夫ですか」
「でぇーじょぶ。でぇーじょぶ。ここ左ねー」
何回も呂律の回らない大丈夫を言うので、腹が立ちつつも、彼のナビで家路へ進んでいた。
自分より大柄な男の肩を持ちながら歩く阿佐ヶ谷の道。ちらほらと自分達と似た様な酔っぱらいと、それを介抱している人を見かけていると、
「あり?」
「えっ?」
「ごめんね~間違えた~」
と、田井中は間違えてナビをしていたことを謝り方向転換した。渡辺のイライラは更に蓄積する。あのごみ捨て場にこいつを捨てようかと、脳裏をよぎってしまったが、折角マスターがナポリタンを無料にしてくれたので無下に扱うことは出来なかった。
「ちょっと一旦あの公園で休みませんか?」
「は~い」
渡辺は体力が限界に来ていた為、近くで見つけた公園のベンチに座った。
渡辺はテレビに映った三橋に対して、田井中が言っていたことが気になっていたので、聞いてみることにした。
「あの、三橋を見てどこがいいんだって言ってましたけど、嫌いなんですか」
「ん~…」
暫く沈黙が流れる。
「…色々あったけど嫌な奴だったよあいつは」
自分自身、忌み嫌っている奴の名前をさも知り合いの様に言った瞬間、ドキッとした。
「(この人は一体?)」
「俺らはあいつに…騙された」
「…三橋に何されたんだ?」
「芸人時代に…人の良い相方の隙をついて…あいつ人間じゃない」
「えっ芸人?」
「ん。俺元芸人。あいつとは養成所の同期だよ」
渡辺は目を見開いて田井中の顔をきちんと見た。元芸人と思えば確かに、一般人よりオーラがある様な無い様な…いややはり無い?と失礼なことを思いつつも、とにかく渡辺は田井中のことを一切知らなかったので、そこには触れずに自分のことを話してみようと口を開いた。
「…俺、小学校の時の同級生なんだ」
「マジで?」
田井中は笑い始めた。
「あいつにいじめられて、不登校になった」
と渡辺が言うと、段々真顔になり再び口をつぐんだ後、
「…昔から屑なんだなあいつ」
と田井中は納得したように言った。
渡辺はこの人も三橋の被害者だと思うと、やっと世界に分かってくれる人が現れたと嬉しくなっていたが、
「ふはははははは!」
「えっ?」
突然田井中は笑い出す。どうしたんだろうと渡辺は動揺をしていると、
「俺達、三橋の人生の…脇役だな!」
と田井中が寂しそうに笑いながら言った瞬間、同志に出会えた嬉しさは灯火の如く消えさった。
「つか君地味で小柄だもんね。三橋の格好の餌食だよ」
そしてまたどんどん怒りが蓄積されていく。渡辺は色んな人に地味だ、影が薄いだ散々言われてきたが、こいつにだけは言われたくない気がしていた。
「…俺は、芸人ではないけど、声優になってあいつを見返すんだ!」
渡辺は怒気を含んだ声でがなり立てる。
「俺は脇役なんかじゃない!脇役やりたいなら一人でやってろよ!!」
「えっ…あの…」
田井中は恐怖を感じながら、うろたえている。
「あの狭いくっせー居酒屋で愚痴愚痴言ってろや!」
プッ!と痰を吐き出し、渡辺はそのまま駆け出して、公園からいなくなってしまった。
「えっ何あいつ…やべー奴だな…」
田井中は走り去っていく渡辺を呆然と見て呟いた。
「…脇役じゃない、か…」
田井中は一人、脇役と揶揄したことを少しだけ後悔しながら、そのままベンチに寝転び眠ってしまった。
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