第4話 酔っぱらい男
昨日も誰からも認められず、怒られてばかりの渡辺は意気消沈していた。そんな時は阿佐ヶ谷南にある小さな居酒屋まで向かうのだった。
「ちわーっす」
「おう、なべ君久しぶり!」
店内にはカウンター六席と奥の四人用のテーブル席のみ。今日は混んでいたので、入り口手前のカウンターに座った。
「生とナポリタンで」
渡辺はいつもの口ぶりで注文をする。此処のナポリタンは美味しくて、渡辺のお気に入りのメニューだった。
「はい、生」
「ども」
生ビールをごくごくと喉ごしを感じながら飲む。ホップの香りと舌の苦さが一瞬だけ己の問題の事は泡のように消えてしまった。
しばらく、マスターがナポリタンを作っている様子を見ていると、
「あー駄目だぁ」
という低い声がした。ちらっと横を確認すると、自分よりも大柄な男がカウンターに顔を伏せている。
「田井中君、そろそろやめな」
マスターはナポリタンを作りながらその男に注意した。
「はい~やぁめますよ~」
男が顔を上げたので、再び観察すると、彫刻の様なハッキリとした顔立ちだった。しかし、端正な顔と低い声に似合わず、呂律の回らなさと甘えたさがプラスされると、気持ち悪く感じた。
髪はボサボサの黒髪の短髪。スーツはヨレヨレ。使い古された手提げのビジネスバッグ。恐らくサラリーマンだろうと渡辺は思った。
渡辺は取り敢えず社交辞令的に、
「あの、大丈夫すか?」
と言っといた。
「なーん?これくらいだーいじょうぶらあよ兄ちゃん」
渡辺はその一言で絡まれるとめんどくさくなりそうと予感し、これ以上は話しかけず、暫く無視した。
「はい、ナポリタンね」
渡辺はナポリタンを食べようとすると、マスターがテレビのチャンネルを変えた。画面には三ツ星が漫才をやっていた。
「おっ三ツ星だ。俺ツッコミの三橋好きなんだよな~」
「へ、へえ~…」
渡辺は此処で自分が三橋にいじめられたことを暴露しても、そう言うのだろうか。と思いながら、マスターが人を見抜けない人だとはっきり分かってしまい落ち込んだ。
「ちっ。三橋なんてどこがいいんだよ」
隣の男は小声で呟く。その言葉に安堵した。この男はよく分かっていると。
「(俺をいじめた奴。有名になりやがった。あいつがいなかったら俺は…)」
周りの客もテレビを見ながら笑っている。その空間に耐えきれず、耳と目を塞いだ。
その時、また三橋が暗闇の中現れる。
『ねえ、俺が人気者で悔しいんだろ?影うっすい渡辺君』
渡辺は怖くなり、直ぐに目を開けても、テレビと三橋の声と周りの笑い声しか聞こえず、頭がおかしくなりそうだった。
「べ君…なべ君!」
「えっああ、はい…?」
いつの間にかマスターが呼んでいることも気づかないでいた。
マスターのおかげで、少しだけ平静を保つことが出来た。
「悪いけどなべ君、田井中君を外の空気吸わせてやってくれない?」
「え?」
マスターの苦い顔を見て、恐らく隣の眠ってしまった田井中という男は、かなり長居していたんだろうと渡辺は理解した。
「今日のナポリタン無料でいいから」
その言葉に貧乏の渡辺は食いついた。
「まじすか?それなら…!」
「ごめんね。ありがとう。じゃ、彼を頼んだよ」
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