第3話 声優養成所


 翌日十四時、渡辺は昨日のバイトの失敗を引きづりながら、代々木にある声優養成所へ行く為に、憂鬱になりながらも総武線に乗る。


 ◆


 ダンススタジオに入ると、壁に取り付けされている、大きなミラーの前には生徒達が早速ダンスの練習をしていた。

 渡辺は早めに着替え、目立つ為に一番前の場所を確保し、ステップの練習をしていた。

 そして十五時になり、先生が来ると、皆一斉に、

「おはようございます!」

 と挨拶をした。渡辺は一番前をキープしたまま挨拶をしていた。

 

 先生は出席を取った後、無言でCDレコーダーをオンにし、いつもの洋楽が流れる。歌が流れ始めたら、ツーステップをし、手は裏拍子を叩き、次に前回習ったステップを披露するのがいつもの流れだ。

 しばらく音楽が流れ、へとへとになるまで踊ると、突然音が止んだ。


「はい、鈴木やってみて」

 

 鈴木はいつもステップを間違えて覚える、渡辺よりも不器用な男だ。いつも先生に指摘される鈴木のことを渡辺は哀れんでいた。


「後、佐藤も」


 一瞬場の空気が変わった。

 佐藤はこのクラスで一番の美人で、ダンスも歌も演技も上手く、プロになれる可能性が一番高いと周りでも評判の女子だ。そんな子が間違えるなんてと渡辺は驚愕していた。


 音楽が再び流れ、二人だけそのままステップを踏む。

 渡辺はお互いのステップがどこか違うような気がしたが、どこら辺が違うのか具体的に分からなかった。


「佐藤、鈴木の違い言ってみてよ」

「えっ」


 佐藤は戸惑い、少しの間沈黙が流れる。


「ワンのところ、爪先からはいっていないと思います」

「正解」

 

 ああそういうことかいと、渡辺は、元々合っている人と比較し、クイズ形式で指摘するというのが理解できた。鈴木にとって、一人だけ指摘されるよりダメージがありそうだ。と同情した。


「何でいつも間違えるのか分からないんだよなー」

 

 と嫌みったらしく先生は言い、渡辺は鈴木を鏡越しで見ると、涙目になっているのに気づく。その様子を暫く見ていたら、


「あっ渡辺」

「へっ!?は、はい!」


 突然自分の名前が呼ばれ、心臓がバクバクと鳴り始めた。


「君さ、やる気ないなら帰ってよ。チラチラ色んな人のこと見てるの、バレてっから」


 とうとうバレた…!と、渡辺は熱くなっていた体が一瞬ヒヤッとした。今回のステップは自信が無く、鏡越しでいつも以上に盗み見していたのだった。


「その点鈴木は誰も見ねーからさ、そこだけは評価してるぜ」

「あ、ありがとうございます」


 鈴木はほんの少しだけ希望を見いだせたのか、顔が明るくなった。

 落ち込んだ渡辺は昔三橋にいじめられた事を再び思い出し、俯くしかなかった。

 

 フローリングの木目をボーッと見ていたら、ぼやっと三橋の顔が浮かびあがった。


『お前さ、大人になってもダッセー奴だな!あはははははは!!』


 渡辺はぎゅっと目をつぶり、頭の中の三橋の声に耳を塞いだ。

 その様子を見た先生はこれ以上指摘するのは可哀想と判断し、時間も押しそうなので、次の課題へ進んだのだった。


 その後渡辺は方針状態でダンスをしていた。

 さすがの先生もやる気のなさを叱っていたが、諦めたのか何も言わなくなり、今度は一生懸命ダンスをしている他の生徒の駄目出しを始めたのだった。


 ◆


「渡辺大丈夫?」

「え?」


 授業が終わり、パーテーションの中で着替えていると、養成所で唯一話しかけてくれる、川田が心配してくれた。


「今日かなり叱られてたからさ」

「あー俺ボーッとしてたわ。最近寝てなかったし」

「お前大丈夫かよ~」


 渡辺は落ち込んでいるのを隠す為に、咄嗟に嘘をついた。

 その後川田は気に留めず、最近のアプリゲームの話やらでお互いに盛り上がっていたが、突然川田は、


「そういえばさ最近、鈴木ってダンス上手くなったよな」

 

 と鈴木に向かって言った。


「え、俺?」

 

 鈴木はいつも誰からも話しかけられないので、戸惑いながら答えた。


「鈴木はずっと鏡見てるからスゲーよ。俺だって渡辺みたいにうまい人見ちゃうもん」


 渡辺は比較するような言い方をされ、内心ムカッとした。


「いや、周りを見た方が上達するんじゃないかな?困ったらバレないように見て盗めって先生が言ってたから、川田君が一番良いやり方だと思うよ」


 鈴木は素直にありがとうと言わず、あくまでも自分を下げる言い方をする。渡辺はそんな鈴木の態度にもイライラしていた。


「いやあ、そんなことないよ」

 

 川田は逆に素直に喜んだ。そういう点、川田は渡辺にとって話しやすかった。

 川田と鈴木は他の会話で更に盛り上がってしまい、渡辺はいつの間にか茅の外だった。

 既に着替え終えた渡辺は、話を降ってもらえなくなったので、帰ろうとした。


「お疲れ様!」

 

 と言って全員に向かって挨拶をしたが、


 生徒全員、誰もお疲れ様なんて言ってくれなかった。

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