6.ライズの懇願
手紙の送り主レイゼル=ヴィ=シューザルは、リトとそれほど年齢が変わらない三十代半ばほどの深紅の髪の男だった。見据える両目は薄いグレー。鈍い眼光に、リトは得体の知れない違和感を感じていた。
「治癒魔法を使わせろだと? できない相談だな」
「そんなこと言わないでお願いしますよぉ。ほら、所長が死んだらあなただって困るでしょう? あなたが探しているモノの在り処だって聞き出せなくなりますよ」
兵士との交渉の時よりも本命にはさらに低姿勢になって、ライズはにこぉと笑った。
「そこのヒトにさっきも言いましたけど、所長と離れたままでも構いません。そうすれば【
顎に手を添えて、レイゼルは少し視線を落とした。
【
「確かにな」
「お願いしますよー。治癒魔法を使わせてください」
懐っこい笑顔のまま、ライズはうずくまった。床に手をつき、頭を深々と下げる部下の姿に、リトは目を見開く。
「本当にこの通りです。お願いします。オレ、何でもしますから。治癒魔法を使わせてください」
頭が床につきそうなくらい下げて、ライズは何度も嘆願する。
小さく丸くなった後ろ姿を見つめたまま、黒髪黒目の
なぜ他人のために頭を下げるのか、リトには分からなかった。
国の特務機関に務めるライズはリトと同様に貴族の出身だ。
ティラージオ家は当主が王宮に務めているため、とりわけティスティルの中ではより王家に近い上流貴族である。リトと同様、貴族特有の誇りや高い地位をライズも手にしているはずだ。
死にかけの上司を放置できない理屈は理解できたが、だからといって一貴族が土下座までする必要があるとは思えなかった。
研究所でのライズは、たびたび不正に手を染めたり禁止されている魔術具を作成するリトによく意見していた。他の所員達は上司の反応や仕返しを恐れて黙認していたが、ライズだけは相手が上司であろうとはっきり正論を述べた。
反論すれば返ってくる文句や小言が鬱陶しくて、リトは様々な手を使ってひどい目に合わせていたものだ。だが、体調を崩すほどの報復に遭っても、ライズはへらへら笑って全くめげない。どんなにリトがいじめてやっても、ライズの態度は変わらなかった。
ライズに見捨てられても仕方がないと思っていた。それほどまでに、部下に辛く当たっている自覚はしていたのだ。
今までリトにとって、ライズとの関係はそんな希薄なものだった。
それなのに。どうしてこの若い部下は卑しく頭を下げてまで、自分を助けようとしているのか。
「お願いします。何でもしますから……!」
ライズの懇願の声が牢内に響く。見下すように頭を下げ続ける青年を見ていたレイゼルは口元を緩めた。
「ふむ、よかろう。そこまで言うのなら、お前に治癒魔法を使わせてやる。但し、お前が出した条件でな」
「ありがとうございます。恩に着ます!」
パッと顔を上げたライズは、レイゼルを見上げて臆せずにっこりと笑った。
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