投げやりな鴉と月色の狼

依月さかな

0.プロローグ

 朝から訪ねてくる客に限って、ロクな奴じゃない。



 

 ほんの数日前に世界樹ユグドラシルと相見えたばかりというのに、今度は中位精霊か。もともと魔術師という職業柄というのもあるが、つくづく自分は精霊とは縁があるなとリトは向かいのソファに座っている客人二人を観察する。


 いや、正確には一人と一匹と表現する方が正しいのかもしれない。


 一人は壮年の人間族フェルヴァー。赤金と白髪の混じった髪と髭の魔術師風の男。ライヴァン帝国出身で、先ほどルウィーニだと名乗った男だ。


 その隣は見るだけで中位精霊だとリトには分かった。大柄な男の姿を取っていて、短めの赤味の強い金の髪は逆立つオールバック。つり上がった目はきんいろで、虎の耳と褐色の肌には縞模様が浮かび上がっている。十中八九、炎の中位精霊・灼虎だろう。

 たしかルウィーニはゼオ、呼んでいただろうか。


 部屋の中はしんと静まりかえり、ただ時計の振り子の音がコチコチと聞こえてくる。

 互いに自己紹介をした後、ずっとこのままだ。


 眉間に皺を寄せていたが、ゼオは何も言わなかった。口を挟んで、ルウィーニの邪魔をする気はないのだろう。

 だからと言って、リトも話すべきことが思い浮かばなかった。ただ黙って、時間が過ぎるのを任せる。


 そろそろ仕事場に出なければ、口うるさい部下が屋敷にまで押しかけてくる頃合いかもしれない。そうぼんやりと考えた時、ルウィーニが先に静寂を破った。


「どうして彼を褒めてあげなかったんだい?」


 まっすぐに向けられた目は、そらすことができなかった。黒髪の魔族ジェマは怪訝そうな顔をする。


「褒める……?」


 なぜ褒める必要があるのだろうか。確かに彼——ロッシェという名前の人間族フェルヴァーには数日前の一件で色々なことで役に立ってもらった。しかしリトからすれば、彼がそのような扱いを望んでいたとも思えなかった。

 どういう理由があるか分からないが、主従の関係を望んでいたわけだし。


「きみが彼に強いた理不尽に対し、彼は恨み言を言うことなく、むしろきみの期待以上の働きをしてくれたはずだ。それに対し、感謝や褒め言葉に思い至らないというのは、一個の大人としてどうかなと俺は思うよ」

「…………」


 もしかして、ロッシェは褒めてもらいたかったのだろうか。感謝して、欲しかったのだろうか。


 リトはルウィーニが言いたいことが本気で理解できなかった。


 何かをして欲しかったら、そう言えば良かったんじゃないのか。望むならいくらでも言ってやるし、与えてやったのに。


 そう考えたところで、空気が熱気でパンと破裂した。壮年の魔術師はやんわりとゼオ、と名前を呼んでなだめる。どうやら灼虎は怒ったらしい。


 精霊は人族の心を読むことができると聞く。自分の思考に腹を立てたのだろう。

 それならなおさら、この場で口にするべきではないのかもしれない。


「分からないのは仕方のないことだがね、私としてはこのまま黙っているのも不本意だ。きみは自分に何が欠けているのかを、探してみてはどうかな?」

「……探せと言われても」


 どうすればいいのか解らない、と続けて口にすれば、ルウィーニは微笑んだ。

 まるでリトの答えが、あらかじめ分かっていたかのようだった。


「私の意見を言わせてもらえば、きみはしばらく旅に出て様々な国と人々をその肌で感じ、きみの世界を広げてみるのがいいと思うよ」




 別に一人間族フェルヴァーの言葉に従う必要はなかった。……なかったのだが。


 いつのまにかルウィーニという男はロッシェに連絡を取って、数日後には合流できるよう手筈を整えてしまっていた。

 どうやらただの提案ではなく、有無を言わさない命令だったようだ。


 おかげで普段から口うるさい部下を説き伏せて長期休暇を申請することになったリトは、急いで旅の準備をする羽目になってしまい——、数日後。


 ロッシェと合流し、生まれて初めて旅に出たのだった。

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