57:冬の終わり、春のはじまりに起こった決定的なこと。

 在学中にたったいちどふたりきりで、十分程度だけしゃべり込んだこと。

 なんとなく、恋バナなんか振っちゃったこと。


 淡く儚い、それこそ冬のわずかな雪のようなエピソードでした。

 いまこのような関係になっていなければ、多少の苦味を残して溶け切ってしまったようなエピソードでしょう。



 もうひとつのエピソードは、もっともっと決定的でした。

 その後の関係のひとつの根拠になるくらい、あるいは経緯になるくらい、必然ともいえました。

 もちろんそのときは未来が見えていたわけでもなし、こんなことになるなんて思いもしなかったわけですが――。



 時間は、だいぶ進みます。

 二学期の期末試験から、冬休みも年越しもとっくに終え、三学期がはじまり。

 部活はなんとなくそのまま続いて、私はなんとなくそのまま学校に遅刻して行くようになっていつも先生たちのため息やときにお叱りを受け、いよいよ見えてきた受験に重たいものを感じて。

 ひとつ上の代の卒業がやってきて、知り合いの三年生はときどき遊びに行く美術部の先輩くらいしかいなかったけど、二年生は全員卒業式に出席する決まりですから、後ろのほうで在校生として控えて歌を歌って三年生を見送って――。



 私がぼんやりと考えていたことといえば、ああ、自分たちの卒業式には後輩くんたちの代が出てくれるんだなってこと。

 知り合いも、たくさんいました。ひと学年下には、ほんとうにたくさんの後輩がいたんです。でも――。




 そして、春休みがやってきました。

 たしかまだ、三月だったと思います。陽ざしはぽかぽかと春めいていますが、空気はまだまだ冬として澄み切っていた、そんな新鮮で清潔な冬の終わり、春のはじまりのことでした――。

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