48:私が彼を見誤ったのか。

 怖い、というのは、いまだにパッキリといく説明ができないのですが。


 しいて言語化を試みるのであれば、彼がそこに馴染みきってしまっていることや、文芸部とは違う世界を生きていること。また、なんやかんやでお芝居はけっして下手ではないという評判も周囲から聞いていまして。

 お芝居をするには、当然ですが役の感情がわからなければいけません。わかる以上に、表現できなければいけません。たった一年演劇をかじってすぐに辞めただけの素人高校生でしかない私でも、そのことくらいはわかりました。


 あんな無表情で無感情に見えた彼が感情を演じるというのは、いったいどういうことなのか。

 うまく演じているのでしょう。見た目や第一印象より、器用な子でしたから。



 私が彼を見誤ったのか。

 この時期にはなんだかぼんやりそう思ってましたね。

 いや、ただの先輩後輩の関係で、見誤るもなにも、ないだろう、とは思ったのですが――。



 なにせ最初は文芸にも演劇にも入らずそのままぼんやりとした三年間を過ごすのではとさえ思った、彼が。




 私の同期と、彼の代でつくりあげた、私はかかわっていない劇。噂や事前情報や稽古のようすだけは、いろいろと耳にしていた劇。

 ほんとうにぎりぎりまで悩みました。

 当日、演劇部の舞台発表のある講堂の前で、怪しくぼんやりと立ち尽くしていたような記憶さえあります。ざわざわと、人の出入りが激しいなかで。

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