外伝 おっちゃんは、底辺で生き抜く【前編】
「新しい荷物が到着したぞ! おめーら! もたもたしてないで、積み込みを始めろ」
上半身に革製のタンクトップのような服を着込んだ船員が、俺たちに檄を飛ばす。今日は四回目の荷下ろしに、船が沈めば良かったのにと心の中で呪詛を吐きだした。一日にどれだけ荷物を運ぼうと、宿賃が引かれて黄銅貨6枚と銅貨3枚の日給は変わらないので、荷を運ぶ量は少ないのに超したことはない。
ふらふらになりながら、最後の荷物を倉庫の中に運び終える。周りの運搬人は、自分の倍以上の荷を運び出していた。毎度、たった一つの袋をよたよたと運んでいるおっちゃんを、白い目で見つつ、給料泥棒と野次る。しかし俺に言わせれば、自分の日給より数倍高い給金を貰っているやつらと、最低賃金でこき使われている自分と比べられるのは、迷惑千万だと思う。まあ、向こうも本気でおっちゃんを嫌っているわけでもないので、フヒヒと笑い返すしかなかった……。
異世界に来てから一年が経ち、漸くある程度まで意思疎通が出来るようになってきた。学生生活で六年以上英語を習っておきながら、会話の一つも無理だったことを鑑みれば、素晴らしい結果だと言えよう。しかし、ここからがスタート地点だと考えると笑うに笑えない。この底辺の生活から脱出しようと、この一年色々な情報を掻き集めたが、なんの取り柄もないおっちゃんの転職先など、何処にもあるはずはなかった。
ただ一つ小さな光明があるとすれば、『冒険者』という命を対価に素材を集めたり、荒事に関わる依頼を受けるギルドの存在だった。ただし、ギルドに登録するにもそれなりにお金が掛かり、それ以上に現場で必要になる武器や防具を、自腹で揃えなければならない。
物語の世界なら、ギルド職員が新米冒険者に武器や防具を貸し出すサービスがあるが、現実の職場において、仕事道具を碌にそろえられない奴に、仕事を回すお人好しなどいやしない。一応、武器屋に中古のなまくらな刀は売ってはいたが、自分の年齢からそれを使いこなせるとは思えなかった。ただ俺は薙刀を習ったことがあったので、なんとか特注でつくれば、この底辺生活から脱出来ると踏んでいた。
「師匠、今日も頼みます」
俺は安酒の瓶を、もう頭皮の白髪もかなり抜けきった同部屋の爺さまに手渡した。
「今日も、すまんのう」
師匠はその安酒に口を付けた。そうして酒を旨そうに飲みながら、砂が敷き詰められた木枠の中に、こちらの文字を書いて教えてくれる。俺はそれを声を出して文字を覚える。同部屋の二人は、日銭を握ったままどこかに出かけているので、気にすることなく、勉強を続ける。
『綺麗なお姉ちゃんと、パフパフしたい』『服を脱がせれば、大きなおっぱいが、ぼよよんと飛び出した』『金貨を千枚拾って憲兵に届けたら、落とし主に正直者だと感動され、娘を嫁に貰ってくれと頼まれました』――声を出して反復する。師匠は教えるのがとても上手だったので、俺の語学力はメキメキと上がる。
それと同時に、早朝、長い
薙刀の基本動作、上下振り、斜め振り、横振り、斜め振り下から振り返す八方振りを反復。最初は関節が堅くなって、棍を上手く動かすことが出来ずに唖然とした。昔取った杵柄を、数十年も整備していないと、これほど使い物にならなくなっているとは、思いもしなかった。身体に染みついた基本動作を、絞り出すのに半月かかる……。
物語の主人公のように、雨の日も風の日も休まず、棍を振り続ける。否、出来ようもなく……うぅかり寝過ごしてしまって、そのまま仕事に出かける日も多々あった。それでも二年の間続けていると、身体の一部として棍を扱えるようにはなる。それなりに様にはなってきたと、自画自賛。けれども同僚たちには、健康志向の木の棒を振る変なおっちゃんだと、ここを出るまで思われていた。
日本では酒を好んで飲むことは無かったが、この職場で神経をすり減らしながら生きていくうちに、酒で酔う意味を覚えていく。安酒を飲んでは、日々の憂さ晴らしをしていた。けれども、武具を買い揃えるという目標があると、日銭を酒に変えることは少なくなった。
そんな最底辺の生活が三年ほど経過し、俺は小銭で重くなった銭袋を抱えて武器屋の門を潜る。これから下流階級から抜け出すための第二の人生がスタートする――
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