外伝 おっちゃんは、底辺で生き抜く【後編】

 大通りに居を構えたギルドに入るのは、今回で二度目となる。最初はギルドに登録を済ませて、何もせずに帰宅したので、武具を装備した俺は初めての冒険者デビューになる。


 建物の中に入ると、広間にテーブルが備え付けられており、冒険者たちが雑然と集まっていた。そうして受付と掲示板が、自然と目に飛び込んでくる。併設している酒場が無ければ、どこぞの役所とあまり変わりない佇まいであった。


 自分の身体より長い薙刀を持ち歩いているせいか、思った以上に注目を集めてしまう。テンプレートのガラの悪い冒険者に、足を引っ掛けられられるというイベントは起こらなかったが、一見さんお断りというオーラは、ひしひしと感じ取れた。俺は日本人特有の行動――へこへこと頭を下げつつ、薄ら笑いを浮かべて彼らの間を通り抜けた。


 早朝のせいかギルド内には、冒険者がいるものの、どの受付にも行列が出来ていなかった。そこで一番綺麗な受付嬢を選ぶことにする。


初めての仕事なんだが、初心者向けかたならしな仕事を斡旋して欲しい」


 最初が肝心だとばかしに、渋い親父を演じて見せた。


「そうですね……薬草採集と小鬼駆除は常時ギルドが請け負っていますので、にお勧めするのは、薬草採集ですね。薬草が生えている群生地には、小鬼も出ますので、小鬼単体を狙うより、ソロの冒険者ならこのお仕事をお奨めします。ただしにありがちなことなんですが、採集に夢中になりすぎて、小鬼に襲われることが本当に多いので、それだけは気をつけて下さい」


 受付嬢はしれっとした顔で、仕事に関する説明を行う。


「丁寧な説明に感謝する。薬草の群生地と採集する草は、ギルドで教えてくれるのか?」


 俺はライフゼロになりながら、渋い親父を演じ続けるしかなかった……。


「はい、しばらくお待ち下さい」


 そう言って、彼女は席を立ち奥の部屋に消えていく。暫く待っていると彼女が窓口に、そそくさと戻ってきた。


「お待たせしました。薬草の群生地ですが、日帰りで帰れるところですと、ここら辺りに薬草が多く生えているそうです、その薬草の見本がこれです。薬草採集の基本は知っているとは思いますが、全部刈り取らず根は必ず残して摘み取って下さい。そして綺麗に草を千切らないと、買い取り金額に大きく左右されますので、丁寧な収集作業をお願いしますね」


 簡単な地図に○を付け、見本の薬草といっしょに手渡してくれた。俺は彼女に頭を下げ


「行ってきます」


 そうおどけて見せると、クスクスと彼女の可愛い笑い声を背に受けた。


*      *      *


 柔らかな落ち葉を踏みしめながら、薄暗い森の中をゆっくりと進む。目的地までそれほど遠い距離ではないが、藪から何かが飛び出してくるかと想像してしまい、神経が削り取られていくのが分かる。薬草の群生地は開けた場所にあるので、其処まで早く辿り着きたいと気が焦る。


 地面には先行者が残した足跡があるので、道に迷っていないことに安堵する。山道と言うよりは。獣道に近い道をたどって、地図に示された群生地に到着した。懐に入れた薬草を取り出し、辺りを見回す。少年時代、田舎のばあちゃんとよく山菜採りに出かけていたので、見本さえあれば、薬草採集など楽勝だと鷹を括っていた自分を恥じた。


 足下に生えている雑草と、薬草が同じ様に見える……。しかも草藪から魔物が現れるかと想像してしまい、なかなか集中して作業がはかどらない。自分が知っている物語では、薬草摘みで冒険者などほとんどいなかった。心の中で「思ってたのと違う!!」と、どこぞのお笑い芸人の名言が、口から飛び出していた。


 それでもこのまま何も見付けられずに、おめおめとギルドに帰る事だけは避けたかった。丹念に草花を見分けることが、今自分に出来る事だと言い聞かせるように、目を凝らして地面に生えている草を探る。すると、葉っぱにぎざぎざが入った特徴のある薬草を、見付けることが出来た。俺はそれを一摘みして腰袋に入れた。すると不思議なことに、その薬草が雑草の中で、次から浮かんで見えてくる。


 夢中で薬草を狩っていると、持ってきた袋がパンパンに膨らんでいた。そうして辺りが少し暗くなってきたことに、初めて気が付いた。俺は太陽が沈む前に森の中を足早で抜け、森の入り口の大木が見えたとき、俺は大人げもなく、目から大粒の涙が止めどもなく流れ落ちていた……。


 ギルドに戻り換金所で、取ってきた薬草の袋を差し出す。ギルドの職員が慣れた手つきで、採ってきた薬草の山を精査して、銀貨二枚を窓口の前に置いた。


「綺麗に採取されており、助かります」


 職員にそう言われると、自分が特別なことをしたと勘違いしそうになる。ただズシリと重い銀貨を握ると、冒険者になって本当に良かったと心底思った。ただこの喜びと、死が隣り合わせだと言うことに気が付かされるのは、そんな遠い未来ではなかった――

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