外伝 ドラゴンとイヤイヤ期

 ソラ、もう塔に帰る時間をとっくに過ぎています」


 日が傾き始めた庭で、エメラルドグリーン髪のロングヘアーを揺らしながら、美しい顔立ちの竜妃シグレがソラに声を掛けた。


「いやっ、もう少しここで遊ぶの」


 無理矢理連れ帰ろうとするが、木の幹を確りつかんで離そうとしない――




「玩具は遊んだら片付けなさい」


「いやっ……」


 竜妃シグレがソラを軽く叱ると、ソラが大声で泣きじゃくった――




「こんなにご飯を残してからに! 全部食べなさい!」


「いやっ。はは様もキューリーを毎回残しているのに、どうして残したらいけないの」


 ソラは頬をプクリと膨らませ首を左右に振って、椅子から飛び降り自分の部屋に走っていく。


「ぐぬぬぬ」


 その後ろ姿を見送りながら、確かに知らず知らずキューリーを皿の横に食べ残していた自分を思い出す。いつのまにか口の立つようになったソラに言い負かされ、首をがくりと落とした。このところ食事だけではなく、何かにつけて我が子が生意気なことを言ったり、反抗的な態度を取るようになっていた。


「ソラちゃんが、不良になってしまいましたわ」


 ぐったりと疲れ切った様子の竜妃は、悲鳴じみた声を上げた。


「ふふふ、竜妃様……どのこでも普通にかかるイヤイヤ期ですよ。ソラ様の自立心が芽生えた喜ばしい事案です。私の大分年の離れた一番下の妹も、着替えが嫌だと言ってはいつも泣いており、両親をほとほと困らせたのを思い出します」


 そう言って、メイドのアリッサはクスクスと笑った。


「そのイヤイヤ期というのは、いつまで続くのかしら?」


「そうですね……我が種族の子供なら一、二年で反抗は見せなくなりますね。子供に対して怒りをぶつけたり、相手にしないのは愚策です」


 アリッサの的確なアドバイスに、うつむきながら竜妃が頷く。


「はぁ~二年ですか。子育てとは忍耐ですね」


 気持ちを切り替えるように、竜妃シグレが大きな溜息を吐く。


「竜妃様、失礼かもしれませんが竜族の寿命は、我々と比べれば数十倍以上は長いので、成長期間もそれ相応かと思いますが……」


「ひいぃーーーーっ!!」


 メイドの言葉に、思わず白目を向いた竜妃シグレであった……。


その頃――


 公務を終えた竜王が、ソラを抱え上げる。


「ずいぶん大きくなったみたいだな」


 竜王はとても幸せそうに、ソラの顔を覗き込む。


「早く大きくなってちち様みたいに空を飛ぶの」


 そう言って、背中の翼をピコピコと動かした。


「早く大きくなって、一緒に飛ぼうな」


「うん。父様と飛ぶ」


 ソラが屈託のない笑顔を竜王に向ける。


「上々、上々。ではいっしょに風呂に入るとするか」


 竜王が上機嫌でソラの頭を優しく撫でた。


「父様とお風呂に入るのはいやっ」


 ソラはプイッと顔を背け、竜王の手を払う。


 そこには、別のイヤで轟沈している一人の父親がいた……。

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