第204話 魔王討伐

 遂にカティア王が魔王を討伐するために軍を起こした―― 


『ダダーーン!』魔の森に鉄砲の音が鳴り響く。


「この鉄砲という新兵器の威力は凄いですね! 大鬼の攻撃を受けることなく殺せます」


 皮の甲冑を身に着けたオウラクという一人の軍人が、鼻息を荒くしてタリスマン隊長に話した。


「玉の数は無限ではないから、あまり無駄撃ちはするなよ」


 老婆心だと思いつつ、オウラクに念を押す。


「弾薬の補給も順調ですし、このまま魔王城まで一直線ですよ」


 隊長の忠告こごとなど何処吹く風といったていで話を進める。


「流石にそこまで順調に事が運ぶとは思わないが、この地図のお陰で危ない所は全て回避出来たな! 素晴らしく精巧な地図だ」


「隊長、噂なんですがこの地図を作った冒険者が、俺たちに従軍するのを拒んだと聞きましたが本当なんでしょうか?」


「魔の森を探査した冒険者が、従軍を拒んだのは事実だ」


「国が依頼料を渋ったんでしょうね」


 オウラクは失笑を洩らした。


「そうかもしれん……まあ、これだけ正確な地図と新兵器があれば鬼に金棒だ」


 ローランツ軍は、大鬼や大型魔獣を蹴散らして、殆ど損害を出さずに森の中を進む。魔の森を抜ける一歩手前……五日目の進軍を終えた。


「斥候の報告では、この先で魔王軍が陣を張っているとのことです」


「いよいよ戦闘か……しかしこの戦は負ける気がせんよ」


 鉄砲隊を中心にローランツ軍は大きく動き出す。数の暴力で魔王の兵を飲み込もうとした。鉄砲を構える兵からも肉眼で魔王軍が見えてくる。


 太い尻尾を左右に振っている、蛇の魔人の異様な姿に、周囲からは響めきが起こる。


「あの青い身体の蛇の魔人は女性ばかりだな……」


「そうですね……聞くところによると魔法が得意な魔人だそうです」


「それでは奴らの魔法が届かない位置から、鉄砲で蹴散らしてやるとするか」


 ローランツ軍は鉄砲を構えた部隊をゆっくり先行させ、魔王軍との間合いを詰める。ラミアたちは、陣を張ったままその場を動こうとはしなかった。


 突然、ローランツ軍に異変が起きた。一人の兵隊が奇声を上げながら、仲間に銃を発射した。それが合図のように、ローランツ軍の中で同士討ちが始まった。


「ひいっ!? 近づくな化け物」


 一人の若い兵が、銃口を仲間に向け発射した。『ダーン』無慈悲な発射音が鳴り響く。撃たれた兵も、身体から血を流しながら切り返す。同じような同士討ちが軍全体で広がっていく。


「魔人め、死にやがれ」


「はわわわ!! いつのまにこれだけの敵が集まってきたんだ」


 混戦になったローランツ軍の兵は、襲ってくる魔人に対して、剣や槍を振って抵抗する。次々と現れる魔人に兵たちは死に物狂いで抗う。しかしこれが幻想の敵だと言うことに、気が付く者は少なかった。


 傷付き死ぬ間際で術の解けた兵が、これは魔人の魔法だと最後の言葉を吐く。


「だ、騙されるな……。魔法で……俺たちは……同士討ちさせられている」


 そんな言葉が戦闘でかき消されていく。中には術の効きが薄く、自分たちがどのような事に陥っているか理解している兵もいた。彼らはこの理不尽な戦闘に、ただ巻き込まれないように逃げ惑うしかなかった。


 術の効果が切れ、正常な状態に戻った兵たちが見たものは、おびたたしく折り重なった、仲間の死体だった……。


 その様子を冷たい目で見ていた人物が


「われが近づいて術を掛けただけで、この様か……話にもならん」


 そう言って、人間に扮した魔王はあきれ顔をしてラミアの元に帰っていく。


「隊長! 正気に戻りましたか」


 聞き慣れた声が自分の耳に届いた。


「ああ、酷い有様だ……」


 大きな犠牲者を目の当たりにして、しゃがれるような声しか出ない……。


「ラミアは攻めてこなかったのか」


「はい、もう彼らの姿はどこにもありません」


 オウラクはそう言って、唇を強く噛み締めた。


「フハハ、敵と一戦交えず軍が半壊とは、これから俺たちはどうなるんだろうな」


 隊長が自嘲するかのよう吐いた言葉に、それはとは言い出せなかった。


            *      *      *


 後方に控えていた本陣を率いるカラテウス総司令長が、次々と入ってくる伝令からの報告を聞いて呆然とする。


「鉄砲隊が壊滅だと!?」


 大声を張り上げ、驚きを表す。


「はい、突然同士討ちが始まり……為す術なく」


 兵が奥歯を噛みしめながら、彼に現状を説明した。


「これでは、カティア王に顔向け出来ないではないか!」


 兵を労うこともなく、怒声を浴びせかけた。


「とりあず軍を再編してから、帰還するか決めましょう」


 テレビア参謀がそう言うや否や――


「帰還だと!? そんなこと出来ようはずが無い。これだけの兵と武器を預かって、このまますごすごと戻れば、我らは国の笑いものだ」


 と、言って一つの芽を即座に潰した。


「では魔王討伐を続行するのですが」


「当たり前だ! まだ兵の数は魔人を凌駕している。魔王城まで押し切れば、何とかなる」


 更に口を挟もうとしたが、この方に何を言っても無駄だと分かっている。テレビア参謀は、顔色を変えずに大きく頷くしか無かった。


 その後、天幕の中で、カラテウス総司令長を除いて将校たちの話し合いが行われていた――


「聞く所によると術の範囲が届かぬ所で、我が軍が魔法攻撃に合ったそうだな」


「はい、鉄砲の攻撃範囲に入る手前で大混乱に陥りました」


「術の効果が、最低それだけあると言うことか」


「この術は一度掛かれば、それなりの対処が出来ると聞いております」


「それは朗報だな。また同じように同士討ちでもしたら目も当てられん」


「弓兵と残った鉄砲隊をどう扱うか……。カラテウス総司令長は力押しで軍を動かす気だが、魔王城までどういう陣形で攻め込むのか考え物ですな……」


 天幕の中で部隊を預かる将校たちが、明日の戦に備えて軍議を重ねる。


 ただ魔王に蹂躙される未来など、彼らには知るよしもなかった――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る