第203話 ギルドの選択

 魔王城から戻ってから数日が過ぎた――


 我が家の食卓には、お腹を膨らませた雛鳥三匹が座っている。


「久しぶりに、おっちゃんの手料理が食べられて満足だ」


 レイラがお腹をさすり、ジョッキに注ごうとした酒が切れた。空になった酒瓶の口を意味もなく覗き込み、新しい酒瓶に手が伸びる。


「今からまじめな話しをするので、お酒は抜きだ」


 俺は新しい酒の栓を抜こうとしていたレイラから、酒瓶を取り上げた。


「――――っ。なにすんだよ!?」


 彼女の言葉を無視し、怖い顔を作って話し始めた。


「先日、魔王に会ってきたが、かなり危険な存在だった」


「あのような、馬鹿な依頼をよく受けたものだな……」


 レイラがせせら笑う。そんな彼女をテレサがじろりと睨みつけた。


「まあ、無事に帰ってこられたことだし、そこは目を瞑って欲しい。今からする話は、ローランツ王国の闇につながる。俺たちから漏れたと知られれば、全員消されてもおかしくないほどの情報だ」


「面白くなってきたな」


 レイラが初めて関心を示した。


「クリオネが、王都で政変が起こったと言った事は覚えているだろう。今から一月以内にカティア王子が戴冠する。その後、国の方針として魔王討伐で軍を動かす事が決まっている」


「マジかよ!?」


 それを聞いたレイラは、愕然として目を見開いた。


「おっちゃんの話しは嘘ではない……私も王女から聞き及んでいる」


 テレサが俺の言葉に同意する。


「レイラの仕事が、測量の手伝いだったよな。たぶん依頼主は王家だ。魔王討伐のため、魔の山の正確な地図を作っていたと思う。ここまでなら王家が勝手に魔人と戦争してくれればいい話だ。しかし地図に関わったパーティーに対して、軍に同行する依頼が間違いないなく来るはずだ」


「今までの仕事が戦争の下準備で、オレたちのパーティーが、魔王との戦いに巻き込まれるって言うのか!?」


 胸ぐらをつかむ勢いで、迫ってくる。


「確実だと思うぞ。もしこの討伐が成功すれば、膨大な依頼料が手に入るので問題はないだろう。だが現実はそんなに生易しくはない。ローランツ軍は絶対に全滅する。俺は魔人国を見てきたが、人間が太刀打ち出来るレベルではない。しかも、魔王に直接会って話をしたが、あれは化け物だ。どれだけ軍隊の人数を増やそうが、魔王の魔法で簡単に皆殺しにされてしまうだろう」


「じゃあ、どうすればいいの?」


 ルリは俺に話しかけた。


「俺は底辺冒険者だから、ギルドに何を話しても無駄だろう。そこでレイラとルリに丸投げだ。出来るなら王家の依頼をギルドが断るという方向で話を進めて欲しい。それが無理なら、パーティーや仲間だけでも、この無駄な争いに加わらないように動いてくれ」


 俺は彼女たちに、方向性を示した。


「おっちゃんさあ……流石にそれは厳しいぞ」


「レイラよ、私もパトリシア王女の力を貴方に貸すことは出来るので、なんとかギルドのメンバーだけは、この馬鹿な戦争から逃れて欲しい」


「まいったぜ……リーダーのドリトンに相談して何とかなるものかね」


 レイラが本気で嫌そうな表情をしている。


「ルリの所属するパーティーと、ドリトンのパーティーが、不参加だとギルドのトップに詰め寄れば、ギルドも馬鹿ではない。たぶんお前たちが参加しない理由の、裏を取ろうとするだろう。もし仮に、それでもこの戦争に荷担する依頼を出すのなら、それに飛びついた冒険者は運が無いと思うしかない」


 俺は大げさに両手を拡げて、そう口にした。


「カティア王子が王位を継ぐ事になるとは、まだ一部の者しか知り得ぬ情報だ。だからこの話を漏らさず事を進めるのは、かなり慎重にしなければならない……」


 テレサが自分に言い聞かせるように、ぼそりと言った。


「難しい話なので、ドリトンとカチュアに丸投げするわ」


 レイラはさじを投げた。


「戴冠式の後、俺も冒険者たちに不穏な情報を流して、ギルド全体がババをつかむのを防ぐように動くつもりだ」


 三週間後、王都はおろかタリアの町まで、新しい王の誕生でお祭り騒ぎとなった――


 それまでに水面下で、おっちゃんたちが所属するギルドでは、魔王討伐の手伝いを求める王族と、ギルドの駆け引きが行われていた。最初は依頼を受けようと息巻いていたギルド側が、トップパーティーが依頼を拒否することで、王家との繫がりを全て失った。


「今まで築いた関係がパーになったわ」


 ギルド長が、ギルド員たちに聞こえるようにぼやく。


「トップの冒険者たちを失うよりは、良かったと思いますけど」


 マリーサはギルド長を慰めるように答えた。


「トップはまだ理解出来る。しかし底辺冒険者たちまで、美味しい餌に誰一人食いつかなかったのは、わしの完全な失敗じゃった。あのおっちゃんという冒険者の力を侮りすぎた」


「彼にそんな力がありましたか?」


「ただ毎日薬草を狩り取ってくる、おっさんがあれほど慕われているとは思いもせんかった」


 彼は苦々しい顔で愚痴を続ける。


「でも、もしこの魔王討伐が大失敗でもしたら、このギルドは一人勝ちですね」


「ハハハ、討伐までかなり準備とお金を掛けているのにそれは無い。せっかくドリトンに、美味しい仕事を優先したのがあだになったわ!」


「フフフ。失った仕事分を、どこかで取り返さないといけませんね」


「そうだな、気を取り直して、今から営業に出かけるとするか」


 ギルド長はそう言って椅子から立ち上がり、大きな鞄を抱えて奥の扉から出て行った。その後ろ姿を見ながら、マリーサはつい声を漏らした。


「慕われているのか……」


 薙刀をバランス悪そうに抱えて、薬草狩りに出掛けるおっちゃんの姿を思い出し、いつの間にか、マリーサは自分が笑っていることに気が付いた。

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