第107話 暴食の雛鳥

「結構食べたよな」


 レイラがソラの顔を突きながら、時間を持て余している。


 ソラはレイラに顔を向け、物欲しそうに「キューキュー」と声を上げ餌をねだる。


「こいつ……底無しの胃袋かよ!?」


 口を大きく開けて涎を垂らすソラを見て、レイラは呆れたような顔をしている。


「食料が足りないみたいなので、また虫を探してくる。レイラに頼みがあるのだが、ソラがどこかに行かない程度のケージを作って欲しい」


 彼女は笑いながら、簡単な物で良ければと、頼みを素直に応じてくれた。


 草むらの中で、逃げ惑うバッタたちを捕まえまくる。自分の行為はバッタから見れば、まさにあの有名漫画の巨人に違いない。幼稚園の頃から培ってきた、虫取りスキルを存分に生かして、着々と左手に持った袋を大きくしていく。そんな袋を見て……小さい頃、虫かご一杯に蝉を詰め込み、母親に見せたら卒倒したことを思い出した。


 俺は彼女が出立するギリギリまで食料探しに奔走する――


 我が家に戻ると、木箱を利用したケージが出来ていた。


「中々良い感じで出来たじゃないか!」


「腕があるからな」


 レイラがニシシと笑った。ケージの中に入れられたソラは、外に出ようと爪を立て「キューン」と鳴きながら壁をひっかいている。何度も壁に阻まれ、ソラは恨めしそうな顔を俺に向けた。


「じゃあ行ってくる」


 レイラはソラをひょいと担ぎ上げキスをする。そしてソラを俺に預け仕事に出かけた。


 彼女を見送った後、取ってきた虫をソラに与えた。ソラは「キューキュー」と鳴きながら、嬉しそうに虫を食べ続けた。あまりにも沢山の虫を食べるので不安になってくる。インコのヒナなどに餌をやるときは、身体に対して何グラムとか、回数などマニアルがあると思う。しかし、この初めて育てるソラにどこまで餌をやって良いものか、皆目見当がつかなかった。虫を与え過ぎても、消化が追いつかず星になることだけは、絶対に避けなければいけなかった。


 そこである程度、ご飯を食べさせた後、時間をおくことにした――


 無理でした。ソラは出した餌を次から次にむしゃぶりつき、食事を与えるのを止めると、尋常でない大きさで「ギャーギャー」と泣き叫んだ。お腹がぽっこり膨れているソラを見ながら、ほとほと困惑してしまう。かなり沢山集めた虫をぺろりと食べ、特に問題もなく次の食事を待っているほどだった。


 ただ、そこに一筋の光明が見えた。ソラの目がとろりとなったかと思うと、餌をねだる声が小さくなり、コトリと倒れて寝てしまったのだ。最初はビックリしたが、数時間後には目をぱちりと開け、「キューキュー」とご飯をねだる声を出した。腹一杯になったら寝る――この方程式を見付けて安堵した。


 いや、ここから本当の地獄が始まりだ――


 草むらの虫をかなり取り尽くし、採集が難しくなってきた。そこでコガネムシなど少し羽根の堅い甲虫をソラに与えてみた。すると堅い羽根をもろともせず、バリバリとかみ砕き、バッタと変わらない食いつきを示した。俺は仕事をそっちのけで、一日中、虫を集め続ける。しかも大変なのは虫を集めることだけではなかった。


 食べたら寝るという行動を二四時間、繰り返す。


 俺数時間おきに、ソラの夜泣きに悩まされることになる。夜泣きといってもお腹がすいているから鳴くので、無視することは出来ない。寝不足のまま山には入り虫を集め、もうどうにかなりそうになった。この問題は近所のガキに、虫の取り方を指導しながら、大量の虫を集めて貰うことで解決した。ただ、食事を他人に任せることだけはしたくなかった。


 レイラはソラを簡単に受け入れてくれたが、ルリとテレサは少し違った。


「すまない……トカゲは無理かも……しかも虫はもう駄目だ」


「虫、キモイ」


 俺がソラを甲斐甲斐しく育てているので、二人はなんとかソラを触るとこまでは出来たが、世話を代わって貰う所までには至らなかった。


 週一ぐらいで帰ってくるレイラに無理を言って、子育てを代わって貰う。彼女の協力で、自分の健康を何とかぎりぎり保っていた。しかも虫を供給する速度が、だんだん追いつかなくなってきた。


「それにしても、こいつ大きくなってきたよな」


「一日中、飯を食ってるぞ……」


 俺たちはソラを見ながら苦笑いした……。


 レイラはソラを抱えながら遊んでいる。俺は疲れた身体にむち打って雛鳥たちの食事をせっせと作る。もちろん調理の簡単な食事を出してはいたが……。大皿に乗せた大量のスパゲッティもどきが、みるみる減っていく。


「こいつらのくいっぷりが一番だよ」


 俺は雛鳥たちが食事をしている姿を見ながら呟いた。

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