第75話 密輸の準備

 酒屋の主人が俺を見てニコニコしている。棚から次々と高い酒が消える。店内にソリを二つ持ち込み酒を積んでいく。一つのソリで百キロほどの荷物が積めるので、その荷の半分を酒に振り分けた。


 この酒はドワーフ国に持っていくので、彼らが好むアルコール度の高い酒を中心に選んでいく。もちろん度数の高い酒なら彼方の国にも沢山の種類あるが、寝かした酒は人が作る方が出来が良いと感じた。味で例えるならロシアの蒸留酒ウォッカに対して、日本の長期保管されたジャパニーズウイスキーぐらい違う。彼らのアルコール消費量を考えれば、質より量を優先して醸造しているのだろう。


「まけて欲しいが今回はこのソリに酒を積み直すとき、荷崩れしても割れない包装と、商品に値段を書き込んでくれ」


 店主にお願いをした。


「お客さん、どこかで売りに行くんですか?」


「まあ、そんなとこだ。あんたには迷惑は掛からないので心配しなくていいぞ」


「これだけ買って頂ければ、目を瞑りますよ」


 そう言って、愛想笑いをする店員。


「夕方には取りに戻るのでそれまでに頼む」


 支払いを半分済ませて店から出た。


「じゃあ次の店に行くか!」


 先ほどまで店内の中で、つまらなさそうにしていたテトラの顔がぱっと明るくなった。


「今度はどこにいくの?」


 くりくりとした可愛らしい目が、俺を見る。


「保存がきく焼き菓子と干し肉の店だな」


「じゃあ私のお薦めの、お菓子屋を紹介するわ」


 そういって走り出す。俺は一度も入ったことのない細い路地にテトラが入るのを見て、少しの間だったがここで過ごした彼女が、この地に馴染んでいた事に嬉しくなった。


 屋根には赤の塗料で塗られた小さな商店の中。


少し短めに伸ばした茶髪に白髪の交じった女性が、愛想の良い笑顔で頭を下げてくる。


「いらっしゃいませ。あら、テトラちゃんまた来てくれたの」


「今度、旅に出るので日持ちのするお菓子を買いにきたの」


 店員にぺこりと頭を下げて、すぐに袋に入った焼き菓子を吟味を始めた。


「それじゃあ、こんなのどうかしら」


 皿の上に何種類かの焼き菓子が乗せられ差し出された。


「えっ!? これ食べて良いの」


 彼女は屈託のない笑顔を浮かべる。


「せっかく買って貰って、旅先で味が合わなかったら残念だものね」


 おばさんが、愉快そうに笑う。


 いい店員さんだ、俺は勝手にこの人をステラ叔母さんとあだ名を付けた。


「このお菓子上手いな」


 皿から一つ摘み口に入れた。


「そうでしょ! レイラ姉たちにも頼まれてよく買って食べてるの」


 皿に乗せられた焼き菓子を美味しそうに


「もうすぐ昼食だから程々にな」


「あのね……今日の昼食は屋台巡りしたいの」


 何処で覚えたのか上目使いのお願いに、どきりとしてしまう


「テトラがそうしたければいいぞ」


 平静を装い素っ気なく返事を返した。


 俺たちは市場の屋台を食べ歩いた。屋台飯は色々な物を食べていたつもりだったが、新しい出会いが意外と多かったので驚いた。どの店に行っても彼女と売り子が楽しく会話している。


屋台で腹を満たした俺たちは、遠征で必要な物を買いそろえていく。


「一通りそろったな」


「後は、酒屋に戻るだけね」


「もう一つ、買う物を忘れていないか?」


 不思議そうな顔をしながら


「わからない……」


 首を少し右に傾け、キョトンとした顔をする。


「エルフ皇国に帰ったとき、どういう顔をして親に会うんだ?」


 彼女の顔が真っ青になる。


「ああああ、お母様に殺されちゃうよ。お土産ぐらいでは許されない……」


「俺は許される魔法の呪文を知っている」


「ほ、本当に知っているの!? おっちゃんは魔法は使えないじゃない」


「ぬふふ、それが使えるんだな」


「教えてよ」


「うーん、どうするか 」


「意地悪っっ!!」


 ラノベ的会話を満喫した後


「これは私が初めて稼いで買った物です。お父さんお母さんありがとうといって、買った物を手渡せば万事上手くさ」


「何を買えばいいのか判らないし」


「それは自由だな! 娘が真剣に選んだ物なら、親はそれが必要ない物でも喜ぶぞ」


 彼女の買い物は、酒屋に戻るといった時間ぎりぎりまで続いた。


俺たちは酒屋に戻り、店主に半金を支払い店を後にした。


「これを引きずりながら旅を進めるがいけそうか?」


「これに旅支度の荷物を積んでも、問題なく運べそうだわ。一度、全部乗せてみないとはっきりしないけどね」


「まあ、そうだな。酒瓶を割らずに目的地に着くことが重要だからな」


「この町とも、もうすぐお別れね」


 テトラの金髪が風になびく。


 楽しかったかと聞きそうになったが、それを聞くのは野暮だと思い口にはしなかった。

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