第3話 選べぬ先

 今朝の大揺れによる被害の大きさが思ったよりも少ないことに安堵するのはこの地を治める領主。


 被害に上がっているのは防護壁の一部崩壊に、町に5つある井戸のうち1つが壊れてしまったというもの。人的被害は一件もなく、家具の転倒は数件あったが建物の倒壊、半壊の被害は一件もなかった。


 領主館も庭のアーチ積みや石像がいくつか壊れたくらいで、館内での被害はほとんどなかった。


 領主は此度の運の良さとかつてこの地を治めていたある国の建築技術の高さに関心しつつ、その後その国が辿った運命に思いを巡らせた。


 そんなときに執事としても永年仕えてくれている秘書が沈痛な面持ちでこちらに一通の簡書を手渡してきた。


 そこに書かれていたのは驚くべき内容であった。


 教会に聖獣の卵と思わしきモノが現れた、と。


 「急ぎ、出る支度を」と言いながら今後取るべき行動を浚っていく。


 まず、本当に本物の聖獣の卵であるか確認すること。


 他のものである可能性に賭けたいが、現実逃避していては先に進めない。


 最悪のシナリオを想定していく。


 本物の聖獣の卵が、この地において人々の願いに応えて孵ってくださったとして、他国及び本国に脅威の認定をされ、聖獣同士による願いの叶えあい=戦争が始まる。さらにその先、その戦いに勝ったとしてもほかの国、他の聖獣が争いの相手に変わるだけで終わりない戦火に身を投じることとなる。負ければその時の民たちの願いが最悪の形で叶うことになる。恐らく「死にたくない」といった類の願いによりこの地はアンデット蔓延る不死者の地となり永劫この地に縛られる。


 避けるべきは戦争。できれば脅威の認定になり得る高ランク聖獣の誕生も避けたい。さらに言うならば、卵のまま孵らずにいてほしい。


 そんなことをつらつらと考えている内に馬車は教会まであと少しの位置まで来ていた。


 民たちも集まっているようだ。


 ならばまず民に示すべき指針は「孵らずの願い」。


 今回、卵が現れてしまったように願わないことは難しいと考える。


 ならば、願うことはただ一つ。


 卵が永劫孵らないこと。


 通常、卵が現れて孵るまでの期間は100日程といわれている。


 ただ、過去の資料には7日で孵ったことがあるそうなので、絶対とは言えないらしい。


 だが、その場合も他国からの侵略によって、通常よりも強い願いが卵が応えたためとも言われている。


 なので、今回のように孵らないようにという願いに卵が応えてくれたなら、100日以上は時間が稼げるはず。その間に本国及び他国に対しての事情説明を行い、戦争を回避したい旨を伝える。聖獣に対して決して武力を望まないことと、孵らないように願うことで進んでチカラを持とうとしていないことを示したい。


 馬車が止まり、民たちの前で方針を伝えようとするが、一応些細な願いを込めて格子越しに教会の中を覗き込む。


 そこには紛うことなき聖獣の卵。


 やはりこの地で願いは叶わないと思い知らされ、ならば先ほど考えた「孵らずの願い」も叶わず通常通りに孵ってしまうのかとも思ったが、しかしやるしかない。




 その後、領主より伝えられた「孵らずの願い」という指針と、今後の予定を聞いた民たちはその後毎日、開かれる事のない教会の扉の前で卵に「どうか孵らないでください」と願う日々が続く。


 そうした日々が200日ほど過ぎた。


 そのころには本国と他国に根回しが済み、大揺れの被害からも粗方立ち直っており、領主もようやく一息ついていた。


 しかし、この地はやはり願いが叶わぬ地。


 孵ることが望まれぬ卵に罅が入るのは、災いの色を持つ旅人の来訪と共に終わりを告げる。

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