第2話 望まれぬモノ

 ある寒さ厳しい冬の日。その日も教会の鐘を鳴らすために誰よりも早く、日の出前に起きた神父は、いつものように祭壇に祈りを捧げてから鐘楼堂に上ろうと考えていた。


 しかし、その日の鐘が鳴ったのはいつもより少し早い時間であった。


 祭壇につながる聖堂の入り口に手をかけた。その時、突如地面が大きくうねり、揺れに翻弄され立っていられなくなり掴んでいた取っ手に必死に縋り付き、教会の建屋の中から石像と思わしきものが倒壊する音をいくつも聞きながら、上の方で鐘がゴウンゴウンとうねりにまかせて乱暴に鳴らされ、遠く防護壁のある方角からは壁が壊轢する音と共に地面から響く衝撃を感じていた。


 永遠に終わらないかに思えた長い揺れであったが、それは余韻を残さずぴたりと終わりを告げ、何事もなかったかのように日常が回り始めようとしていた。しかし、鐘は未だに揺れが残っているようでいつもより早い、日の出前の時間なのに朝の鐘が響いている。中の惨状を確認せねばと教会の扉を開いてみようとするが開かない。上の方を見てみるとアーチの部分が大きく歪み、フレームと干渉してしまっている。


 諦めて町の者たちの様子を見に行こうと思い扉を離れ、最後に割れた色ガラスの窓越しに中の様子だけでも確認しようと裏庭につながる小路へ歩を進める。


 中を覗き込んで神父は頭が真っ白になった。


 決して、石像が砕け散った破片が散らばり、天井に描かれていたはずの精霊画が崩れ去っているのを見たからでも、聖水が収められた盆がひっくり返ってすべて零れ落ちているのを見たからでもない。


 不思議なほどに無傷な祭壇とその上にある、本来そこにあってはならないモノを目にしてしまったために何も考えられない状態になってしまった。


 そこにあったものは、祭壇から拳ひとつほどの高さに浮いた状態で、人の頭部ほどの大きさで丸い形をした白とも金ともいえる光を仄かに放つ卵のようなもの。


 否、それは正しく卵であることを神父は知っていた。


 しかし、絶対にそこにあってはならないために、卵と認めることができない。


 「終わりだ…」


 神父はただそれだけしか言葉にできず、佇むことしかできなかった。



 

 揺れを耐え忍んだ町の者たちが次々と外に出て、お互いの安否を確認し終わったころ、町の者たちは一度教会の方へ向かうことを決め歩み始める。


 そして、いつもなら朝の鐘が町に響く時間帯、町に響いたのは教会にたどり着いた者たちがあげる幾人もの悲鳴と怒号であった。



 それはかつてこの地で望まれ、こいねがわれたモノ。


 それは古の願いにより望むことの叶わぬはずのモノ。


 そして、現在。それはこの地においてあってはならぬモノ。



 望まれぬモノ。


 それは、願いによって生まれるはずの聖なるモノを宿す卵。



 望んではならぬモノ。


 

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