第4話 戻らぬ彩り

 その日も父は朝早くから町の教会の扉の修理をしに出掛けて行った。やっと門扉もんぴを開けることができるようになるみたい。


 大きな揺れで町のあちらこちらが瓦礫だらけになって、散らばるつぶてを片づけたり、壊れた井戸を修理したりと町の人間総出で忙しい日々が続いていた。


 私の父は大工だから、町の誰よりも大忙し。あの日から毎日出掛けては泥と汗に塗れて帰ってくる。


 でも、建物は戻っても、教会のあの立派な色ガラスでできた精霊様をかたどった大窓はもう戻らないらしい。


 教会の精霊様を描いたりできるのは教会から許可を得た極一部の画家や彫刻家だけらしく、ただの大工が復元することは許されないのだと言っていた。


 私の方は町にある食事処で給仕の仕事をしているからそこまで忙しくないのかというと、そうも言っていられない状況にある。


 聖獣様の卵が現れたことを聞きつけた旅の人が増えてきており、いつもなら夜の食事時くらいにしか2人体制にならないのに今は常時3~4人の給仕が入っている。


 厨房は相変わらず料理長1人で回しているので、その内誰か厨房の方に回されるかもしれない。私の場合、昔一度手伝ったときに仕込み中のシチューを焦げ付かせたことがあるので、頼まれるのは最後の方になるだろうが。


 「おぉーい」


 不甲斐ない自分にやり切れない思いを抱きながら出来上がった料理を配膳していると、くすんだ緑色のローブを纏った旅装束の2人組の内の1人が誰ともなく声をかける。


 丁度手が空いたので要件を伺いに行く。


 すると、「火」と一言。


 この町に来られた旅の方によく言われる一言なので、すぐに要望を察し、煙草用に赤々とした炭を素焼きの皿に乗せて先ほどのお客の前に持っていく。


 「ったく。ここに来るっつったのはてめぇのくせに、なんで魔法の使えないこの地に火つけを持ってこないかね」


 火を頼まなかった方のお客が相方に向かって文句を言っているのが聞こえる。


 「しょうがねぇだろ。普段当たり前に火の魔法使ってつけてたんだ。わざわざ火をつけるためだけの着火器ライターなんてそもそもどこにでも売ってねぇし」


 こういった人たちは多い。実際にその多さを知ったのは旅の人が増えたここ最近のことであるが。


 この地では魔法が使えない。使えるとしたら…


 「てめぇは聖獣様か。こんなとこで道具なしで魔法で火が出せるつもりでいるのは聖獣様くらいしかいねぇよ」


 そう。聖獣様くらいのもの。


 私たちにとって魔法が使えないのは当たり前のこと。


 「井戸だって手堀りなんだって?この町は」


 「建物だって建築魔法じゃなくて大工ってのが作ってるんだとさ」


 「大工ってなんだよ。そんなの物語の中でしか聞いたことねぇよ」


 ここではこんな会話が毎日繰り返されている。腹が立つし、酒を頭からぶっかけてやりたくなることも多々あるが、正直なところよくわからないというのが本当のところだ。

 

 魔法のような便利なものが使えないのだから不便だというのは分かる。確かにそうなのだろう。しかし、私は生まれてからずっとここにいるし、使えないのが普通で、自分の中では何不自由なく生活できているつもりだ。だから私の中では、いつも家の近くの井戸を使っていたのに、使えなくなって少しいつもより遠い井戸まで水を汲みに行くのが面倒だと言っていた薬屋のおばあさんみたいなものだと思っている。まあ、あのおばあさんはいつも面倒くさそうに生きているので、何かと文句をいうのは常のことなのだけれど。


 ただ、このお客に関しては大工のことをバカにしているように感じるので、今度注文に呼ばれたとしても無視しようと思う。…でも、火を頼んでいない方のお客はほんのちょっとだけ顔が好みだったので、そっちの人が呼ぶようだったらやっぱり行こうかなとも思ってしまう。


 そんなここ最近のいつも通りのお昼の食事時が過ぎていく。


 今日は、朝からお昼までと夜の一番忙しい時間を担当する日なので、一旦家に帰るため、料理長に声をかけて店の裏口から帰路に着く。


 少し前なら教会の前を通って色ガラスでできた大窓を見るのが楽しみな時間だったが、もうあの光景を見ることは叶わない。


 お昼時が過ぎたこの時間、天井から入った光が青の色ガラスを美しく染め上げ、午後の仕事の始まりを告げる鐘の音が奏でる時間が好きだった。




 もう、あの彩りは戻らない。


 取り残された時間の中で静かに過ぎていくだけの日々はもう終わった。


 始まりは白。聖獣の白。


 終わりは黒。災厄と呼ばれし黒。

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