第3話 地上を歩く言霊揺らし

 貴方の後輩です、と自己紹介したのは若い娘の言霊揺らしだった。

 言霊揺らしは存在そのものが珍しい。おまけにたいていは上方の言霊のない世界に居座っているので、同業者に会うことはめったにない。ところが数年ぶりに用事で下界に降りたところへ挨拶しに来たその娘は、地上暮らしだという。それは言霊揺らしにとって大変な苦痛を伴うことだろうと想像したが娘は明るく笑っている。

 一緒に街の中を歩くとすぐに言霊が向かってきた。横からも後ろからも飛んでくる。誰かが何かをしゃべればそこに言霊が生まれ、相手に向かって漂い出す。言霊揺らしは言霊に触れないように慎重に身をかわし、足を止め、道を変え、一瞬たりとも気が抜けない。ところが娘は顔に当たりそうな言霊をひょいと片手で払いのけてしまった。これくらいは何でもないのだと平気な顔で言霊にぶつかっていく。

 なるほど、言霊には自分の行き先がちゃんと分かっているのだから、多少の障害物など問題ではないし、ちょっと押されたくらいで迷子になったりもしない。言霊揺らしでなくても言霊が見えている人だってこの地上にはたくさん暮らしているはずだから、住んでいれば言霊など気にならなくなるのかもしれない。みんな慣れているのだろう。

 その想像は娘の寂しそうな微笑で打ち消された。言霊が見える人はもうほとんどいないから、言霊揺らしが言霊を動かしていてもそれを見咎める人もいないのだ。それは上空に居てもうすうす予想がついていたことだった。もし見えていたらあんなに悲しい、汚い言霊を生み出したことを必ず後悔するだろうから。

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