第2話 働かない言霊揺らし
言霊揺らしの世界には声がない。人の会話とは耳で聞くものではなく、目で見て触れられる言霊の交換だった。誰が何をしゃべっているのか理解できるだけでなく、どんな気持ちなのかどれほど本気なのかもすべて見えた。おかげで言霊揺らし同士は意思の疎通がとても速い。肩が強い人ほどそれは顕著で、両手を巧みに駆使して投げ合い受け取り合う縦横無尽の会話は、余人が口を挟む隙などどこにもない。
言霊揺らし組合に行くと、そんな光景が毎日見られる。
いくつかの規約を守りたまに役所からの依頼を受ければ一定額の生活費を支給してもらえる組合の存在はありがたい。煩雑な人の世界から離れ、上方で悠々自適に暮らしていられるのも組合のおかげだ。
簡単だから新人向けだと紹介される役所の窓口対応は、面白みは少なくても手堅い仕事だった。窓口の仕事は専門の職員が応対するので言霊揺らしは窓口には出ない。職員たちの横に控えて座り、窓口を訪れた市民から投げ掛けられる言霊をただ一日眺めているだけでいい。たまに悪意に満ちた言霊や感情的に膨らんだ言霊が飛んできたときに、そっと手で押さえて少し柔らかくしてから職員の耳に届ける。やっていることは上方で気ままに下界を眺めているときと何も変わらないのだが、これが窓口担当者にも役所の偉い人にも大変好評らしい。職員の作業効率が格段に上がり病欠も減り皆の表情が明るくなるという。
毎日来てほしいと請われても必ず断るように組合から言い含められている。言霊揺らしは儲けようという欲が薄く、悪い人間に利用され搾取されてきた過去を教訓に組合は設立された。
言霊揺らしはただ言霊を揺らして暮らす。言霊揺らしは理屈も計算も苦手であった。
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