言霊揺らし

呉葉

第1話 天から望む言霊揺らし

 この世には、言霊が見える人と見えない人、それから言霊に触れることができる人の3種類の人間がいる。言霊揺らしは一番珍しく、上方の世界から下界を飛び交う無数の言霊を眺めて暮らす。

 大きくなったら誰某ちゃんのお嫁さんになる。ほほえましい言霊が桜色のふわふわに包まれて上方まで漂ってくると、そっと揺らして誰某ちゃんの元へ送り出してやる。言霊は人々の生活圏の中を往き来していて自分の目的地をちゃんと知っているので、せいぜい町でパンくずをつつく小鳥くらいの高さまでしか浮かび上がらない。こんなに上空まで飛んでくるのは迷子になった言霊だけだ。伝えようかどうしようか心の中の迷いがあると、伝えるべき相手を見失った言霊がこうやって空に昇ってきてしまう。

 誰某なんか死んでしまえ。たまに飛んでくる強烈な言霊がくすんだ紫色で濁っていると、言ったことを後悔している証だ。そんなときはぐいと揺らして発言主のところへ戻してやることもある。言霊揺らしの手は言霊に触れることができるこの世で唯一のものだ。

 ある日どうしても見過ごせない言霊を見てしまった。それは重く暗い鈍色をして、ずるずると何か苦しいものをひきずるように地上の低いところを漂っていた。その言霊がそのままある国へ届いてしまえば、世界は驚きと失望と苦痛と悲しみの言霊でいっぱいに溢れ返ることは火を見るよりも明らかだった。言霊揺らしは思わず地上へ飛び降りて、重苦しい言霊の中に手を突っ込むと一文字だけなぞって書き換えた。

 世界は変わらぬ朝を迎えた。今日も言霊揺らしは言霊を見つめ続ける。

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