5,滅ぼされた世界が浮かばれない程の恋。
どこをどう歩いたかなんてまるで覚えていなかった。
だけど、私は彼と一緒に歩いていたと思う。
「あのね、多分、ずっと前から、あなたのこと想っていました」
「えと、想っていたって、どういう……?」
「それはその……あの」
そこからの会話は覚えていない。
でも、私は伝えた。彼に抱いているありったけの想いを伝えたつもりだった。
そして、彼に抱きしめられた。そのはずなのに。それなのに、どうして私はまた夢の世界にいるの。
どうして目は覚めないの。
どうして――私が何者か思い出させてしまうの。女神マルグレーテ、
――ねぇ、伝えたよ。メル・アイヴィーはジョハネスに想っていること、全部伝えたよ。
「そう。間に合って良かったわね。幻の中とはいえ」
――それはどういう意味。苦しいよ、マルグレーテ。首飾りを外して。息ができないの。
「バカね。どうして私があなたにあげた首飾りを付けたままにしていたのよ」
――当たり前のことを訊かないで。これが、私とあなたとジョハネス。三人の唯一の繋がりなのよ。でも今は外して。苦しいの。これを外して。お願い。
「メル……」
重たいまぶたを何とか開くと、やはりジョハネスは泣いていた。でも、その瞳から流れているものは涙ではなかった。
「良かった。ジョン、まだ息があって。あなたも間に合ったのね」
――良くないわ。ジョンの両眼から血のようなものが流れているのに。
「あんたの、邪神の毒気のせいよ」
――仕方がなかったの。女神のままでは彼に会えないもの。
「そんなことのために悪魔に魂を売って、あまつさえその神になるなんてどんだけバイタリティに溢れてるのよあんた?」
――ジョンに会いたかったの。やっと、会えた。
「ジョハネスは私とあんたが女神に昇格するための生贄の
――どうして数える必要があるの。世界を一つ使えば、魂を一つ引き寄せられることなんて知らないでしょう、マルグレーテ。たくさん使ったわ。ああ、苦しいの、首飾りを外して。
「メル、首飾りはもう、外れているよ」
「神々がこぞって首飾りを締め付けているのさ」
分かっていた。もう、マルグレーテの首飾りは私の首を締め付けて、引き裂いて、頭と体は離れてしまっているのだろう。幻の中の私がいくら食べても体が痩せていくのは、体と頭が離れてしまっていたから。
「どうして、その首飾りをしたままだったのよ。それがなければこうして神達に倒されることもなかったのに」
マルグレーテと袂を分かった後も、この首飾りだけは外さなかった。
私にはジョハネスと同じくらい、あなたが大切だったから。だから、この首飾りは絶対に外せなかった。この首飾りがきっと、あなたと私を結びつけてくれると信じていた。
「……メル・アイヴィー、マルグレーテ。僕達……また出会えたんだね。二人は僕の血を飲んで、女神になってくれたんだね。嬉しいよ」
ほら、やっぱりジョハネスだった。神々に首を落とされまいと、私が造った鎧をまとい、マルグレーテが鍛えた剣を振るって戦った。
「ジョハネス、なんでそんなクソみたいな記憶取り戻して喜んでんだよバカ野郎……あんたが幸せに生きてた世界はまるごとメルに潰されたんだぞ? お前をこの世界にまた引き摺り戻すためだけに」
「うん。分かっているよ。マルグレーテ……ありがとう。最後に、僕の世界の幻を見せてくれて。メルとの、楽しい時間を過ごさせてくれて」
「はーあ……とんだバカップル誕生だな。滅びた世界が浮かばれねーや……。邪神に幻を見せるなんて慈悲を与えた女神も大概だけどよ……はぁ、あたしもお終いだな。邪神を狩れば生かしてくれるって約束なんて嘘だよな。ははっ」
神罰が下った。マルグレーテの体が黒く染まっていく。
「ゴホッ!」
ジョンも苦しんでいる。私の毒気ではなく、邪神に情けをかけた神罰だ。
――神々が、近くにいるのね。
「ああ、そうだよ。あたし達はここで消される。生まれ変わることもないわ」
――そう。
あぁ、待っていた。私達三人と、神々が一堂に会するこの瞬間を、私は待っていた。
――幾千、幾万、幾億の世界。私の邪魔をする神々に鉄槌を下せる十分な数を、私が掌握していることに気付いていなかったのかしら。
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