第19話 ワイバーン撃破


「ワイバーンが落としたのは魔物の卵ぉ!?」

水晶越しでトキの敬語が崩れている。

トキが我に返り咳払いして冷静さを保とうとしていた。私やグラさんといるときは独り言で考えをまとめているのだが、独り言を我慢しているのだろう。


「大神官様、卵の破壊を行うべきかと。ウィザードゾンビと戦う前に卵をつぶして戦闘を回避できるなら、二人で作業は可能です」

ティンカーの言葉にトキは即答しない。だが沈黙もそう長くはなかった。

「大聖堂にきてください。今は悪条件です」

「ですが、目視しただけで卵は30程度、少しでも数を減らしたほうが……」

「……魔物は発見しだい倒して構いません。卵は罠かもしれない。触れずにおいてください。今から上空のワイバーンを討伐しますが当初の倒し方はしません。二人ともたいまつをつける必要はありませんが気を付けて聖堂まで戻ってください」


水晶の光が消える。


「……行こうか、アヤちん」

ティンカーに言われ、後をついていく。速度が抑えめだ。


門から直線に進むと中央広場まで落下物は見当たらなかった。

中央広場付近では落下物が多い。

丸い球体が地面に突き刺さっている。

どれも割れていない。

私たちは、卵を避け周囲に魔物がいないか注意しながら、大聖堂まで進んだ。


大聖堂近くまで進んだところで、魔法陣が現れた。

レイチェルの極大魔法だと思ったが、さきほどと様子が違う。

聖堂までたどり着くと、エスカ、セリティア、レイチェルが聖堂前の開いた場所に出ていた。

開いた場所にキャンプファイヤーのような火があった。

周囲には、球体がいくつか落ちているがどれも割れていない。


「町中に魔物が出たと聞いたが、落下物からほかに生まれた魔物はいたかのう?」

レイチェルが問いかけると、ティンカーは「初めの一匹以外はいなかったよ」と答えた。

「大神官殿の仮説ではこの卵には呪いがかけられている。卵が割れる条件を満たさない限りは、どんなダメージを与えても割れない、試しにエスカに一つ大金槌でたたいてもらったがこのありさまじゃ」

目の前には、ぐにゃっと曲がった大きな金槌があった。叩いたであろう卵はひび一つ入っていない。


「ワイバーンがわざわざ戦闘に不利な夜に動き始めたのは、初めからアンデットの魔物を町に放つことが目的だったのかもしれぬ。アンデットの魔物は日が暮れている時間帯が本領発揮するからのう」

「殻は回収したから調べてもらおうと思ったけど、呪いつきなら捨てておいたほうがいいよねぇ」

ティンカーが鞄から包みを出して、地面にパラパラと殻を捨てた。


「これ、殻については後でちゃんと見る…まあ、いいかのう、それより今は……」

レイチェルが杖を持ちなおし、上空を見る。

エスカとセリティアが、レイチェルの両脇を固めた。

「あれをしとめてからじゃな」

最後の一匹と思われるワイバーンは上空を火を吐きながら旋回し続けていた。

「巡回ご苦労、しばらく聖堂前で休んでくれんかのう」

レイチェルに言われて私たちは大聖堂前に待機する。


エスカが水晶を取り出す。

「準備完了した!」

水晶の向こうからトキの了解の声が聞こえた。

地面から魔法陣が浮き出てくるが、レイチェルの極大魔法の時の魔法陣とは少し違う気がした。まず色が白い。

旋回しながら上空へ魔法陣が移動する。

ワイバーンが魔法陣に気が付き魔法陣の上を旋回する。


突如魔法陣が空に向け輝いたと思えば、飛散して消えた。

結界に電流が走る。

上空に電流が走らない円ができた。


聖堂上を旋回していたワイバーンがその円に飛び込む。


飛び込んだ後、緩やかに電流が、円を覆い塞いでいった。

結界に故意的に穴をあけたのだ。最後のワイバーンをあえて結界内部に誘い込んだ。


ワイバーンはたいまつを重ねた炎の明かり目指して、猛スピードで落下してくる。


レイチェルが杖を構え詠唱を始める。

エスカが盾と剣を構え、剣を上空に向ける。体が一瞬赤く発光した。

セリティアが詠唱を始める。


セリティアの詠唱が先に終わり、レイチェルの体が淡い光で包まれる。

またセリティアが詠唱を開始した。


ワイバーンが羽を広げ、自らのスピードで地上へと近づいてくる。


エスカの剣が赤みを帯びた、盾を構えてワイバーンをにらむ。


セリティアの詠唱が終わり今度はエスカの体が淡い光で包まれた。

セリティアは詠唱を繰り返す。


火めがけてワイバーンは飛んでくる。速度は落下時より少し遅い。


空を自在に飛び知能が高いと言われるワイバーンロードを、地上戦で迎え撃つ。

私はその様子を離れた場所で手に汗を握って見ていた。

先ほどのミイラを思い出すと鳥肌も立ったが、ワイバーンを見ると、本能的に食われるという身の危険を強く感じた。


ワイバーンが迫ってくる。あと数秒で地上にたどり着くだろう。


「這いつくばるがいい!!グラビティストーク!!!」

レイチェルが叫ぶ。杖の先端が光る。

ワイバーンがレイチェルに咆哮し落下地点を変えたようだ。

レイチェルの杖から、紫色の球体が電流を蓄えた状態で大きくなる。時折緑の閃光が球体の外側に発生した。

球体は、ワイバーン向けて放たれた、放たれた魔法の速度はワイバーンの飛翔速度より遅い。


ワイバーンは飛んできた球体を避けた。


そう思ったが、球体がワイバーンを追尾し、鈍い音を立ててぶつかった。

ワイバーンは耳障りな声をあげて、球体から逃れようとするが、磁石にくっついた鉄のように背中に球体に張り付いて高度を落としていく。


球体の重さに耐えられない様子でワイバーンは徐々に地面へと押し付けられていった。


球体は地面に接近するにつれてだんだんと大きくなる。

完全に地面に接触するころには、ワイバーンよりも大きくなっており、ワイバーンは球体の下敷きとなった。


この状態で生きているとは思えないのだが。


レイチェルが後方に下がる。

数秒後球体が煙のように消えた、その時を待っていたように、エスカが球体に向けて走り出した。


眼前にできた大きな穴の中、ワイバーンはよろめきながら、口から火を噴こうとしている。

ワイバーンは起き上がり、ゆっくり羽ばたきながら高くそびえたつ聖堂めがけて火を放とうとしていた。

エスカがワイバーンの前に躍り出る。


火を吐く寸前だったため、私の心臓がひときわ大きく音を立てた。


エスカがワイバーンの首に剣を突き立てた瞬間、桜が舞った。

桜だと思ったのはワイバーンの血だったことに気付くまで数秒かかった。


エスカがワイバーンの巨体を飛び越えると、ワイバーンは音を立てて大穴の中に倒れた。

大穴の中には首が切られたワイバーンの姿があった。

ワイバーンはもう動きを止めていて絶命している事が見て取れた。

エスカは剣を振ってから鞘に入れる。


ワイバーンロードの迎撃はわずか数秒の間で終わった。


「次の策を確認するため大神官殿のところに……行く前に、殻のことを見ておく必要があったな」

思い出したように、レイチェルがティンカーが地面に捨てた卵の殻に視線を移す。


強い。


そして、私は、本当に自分が足手まといだったことに改めて気が付いた。

マスター三人がとてつもなく強かった、これだけ強ければ、助力などいらない。


トキもはっきりと言っていたのに、セリティアの口車に乗せられて動いたのは私だ。

ただ、どちらに転んでも、私は役に立たなかったのだ。


それどころか、貴重な時間を、エスカ、ティンカーから奪ってしまった。

魔物の幻惑にもひっかかった。


誰かの助けがあって、やっと私は何かができる。

それは、あちらの世界では当たり前のことでも、今は何もできないと感じて、情けない気持ちでその場に立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る