第18話 落ちてきたもの


街の被害を確認しながらティンカーと落ち合う途中、人間の子供を見つけた。


人間種族は、転生者以外いないと過去トキが言っていなかっただろうか。

この世界の人間と言うと妖精族すべてに該当する。

私たちは自分たちのことを人間だと思っているが、先住民から転生者として区別されていて、実際のところは人間扱いされていない気がした。


この子は転生者?


住民を避難させる際、転生者は含まれず、この子だけ逃げ遅れたのだろうか。

セリティアの教会からかなり離れてはいるが、セリティア管理であれば、今までの言動からありえる気がした。


なぜ、初めの見回り、声かけの時点で、私は気が付かなかったのだろう。

スカウトのスキルを上げ、動き回るのが思いのほか楽しかったから見落としたのだろうか。

私は自分の詰めの甘さと姿勢を反省するが、前向きに考えれば逃げ遅れていて、無事だったのだ。怪我もしていない様子だからよかった。


この子は聖堂まで連れて行って保護するのがよいだろう。


「大丈夫?」

声をかけてみた。

子供が泣くのを止めて、ゆっくりと振り返る。


黒い髪、黒い瞳。グレーのローブを着ている。

私と同じ世界から来たのか。こんなに小さいのに。あちらの世界で不慮の事故にあったのか。


考えが巡るが子供を不安にさせないために笑ってみせる。

「みんな安全なところに避難してる、君のお姉ちゃんもそっちにいるかもしれないから、それまで私と一緒にいる?」

子供は男の子に見えた。

男の子は、ぱっと笑顔を浮かべて私に駆け寄ってくる。


「お姉ちゃん!」

子供が私に駆け寄りしがみつく。

「……君のお姉ちゃんじゃないんだけど、私」

「やっと会えた!!」

子供は錯乱しているのだろうか、私を姉だと思って、しがみついて泣き始めた。

ということは、姉と弟でこの世界に転生してしまった、ということなのだろうか。

これは子供も不憫だが、残された親がつらいだろうなと思った。


この世界に来てしまったらもう戻れないのだと、トキは言っていたのだから。


「お姉ちゃん、なんで、黒くないの?」

きょとんとした様子で子供が聞く、私の髪の色のことを言っているのだろうか。そりゃ若干染めていると思うのだが。

転生しても元の世界の姿のままだったことは鏡で確認済だ。

「なんでって、き、気分かな」

もうお姉ちゃんと勘違いしているまま連れていくほうがいいだろうか、これは。

この子、視力が悪いのかもしれない。眼鏡をなくしてしまったとか。私の声がそのお姉ちゃんに似ているとか。とにかく今暗いし。一人で放置することはできない。


それに、この子、小さいころのトキに似ている。


「お姉ちゃん、変なの」

「そう?」

「『ヤクサイノオウ』なのに、黒いのがないなんて変だよ」

「や…くさいのおう?」

……私、臭いのか?心外なのだが。


「アヤちん!何してるの!?」

背後からティンカーが叫び声が聞こえた。振りむくとティンカーが深刻な表情で私を見ている。何故か腰元の短剣に手をかけていた。

「何って、この子がお姉ちゃんとはぐれたからって……保護を……」

「幻惑状態なのね……」

「幻惑?」

「ごめん、アヤちん、許して!」


ティンカーが素早く私に間合いをつめて、私の口に、草のようなものをつっこんで、素早く離れた。


苦い!とにかく苦い、青汁?どくだみ?えぐみがすごい!吐く!!。

ここで吐き出したら、今しがみついているこの子の顔面に吐き出してしまう、我慢しなくては、と、しがみついている子供を見ると、そこにはもう子供の姿はなかった。


目の前にいるのは片足を失ったミイラだった。

ボロボロのローブを身に着けて、私の足を掴もうとしている。


「やく……の、おう」

ミイラは枯れ果てた声帯を震わせて、しわがれた声を発していた。

「ぎゃああああああああ!!!!」

叫んだ瞬間、口に含んでいた草がミイラの上に落ち、ミイラも「きえええええ!!!」と奇声を発したので、私は本能に任せてミイラから離れた。


次の瞬間にはティンカーがミイラに向かって高速の動作で数本の針を打ち込んだ。

ミイラが硬直する。

間合いを改めてとりながらティンカーが呪文を唱える。

ティンカーの体が一瞬黄色く発光した。

「冥府へ帰れ!ソウルブレイカー!!」

電光石火だ、目で追うのが精いっぱいだ。ティンカーが走り去った後に、黄色い火花が散る。

アッパーカットするように、ミイラめがけてティンカーが短剣をふるうと、ミイラの体が硬直後、さあっと灰になった。


口の中の草をすべて吐き出し、涙目で私はティンカーに尋ねる。

「あの子、最初から、ミイラだったの?」

「あれはウィザードゾンビ、幻惑と魔法封じの特技を持っていて、かなり強力な魔法を使う魔物よ」

「まもの……」


魔物は種類によって喋ることができるのか?なんとかロードとか言われる魔物しか喋れないのではなかったのか。


「ウィザードゾンビは創生の地の魔人城内にいると言われていて転生者には雑魚魔物と呼ばれているけど……私たちには充分強敵なの。それに特技が厄介、幻惑をかけられてしまうと相手を攻撃できなくなるから……」

子供がまさかあのミイラだとは思わなかった、いやゾンビと言われているのだから、ゾンビなのだろうか。


「どこから入ってきたのかしら、結界は解いていないのに、アヤ、ウィザードゾンビがどこから襲ってきたか覚えてる?」

「あの……未完成の建物の中で子供が泣いてて、それが、あれで、ええっと、そこ……」

指さして、建物の中に白い何かが散らばっている事に気が付いた。

私は男の子が立っていた場所へ移動する。

白いかけらを私は拾い上げて、ティンカーに見せる。


「これ、卵の殻っぽいけど……」

私は、殻の色や材質が、道に突き刺さった球体に似ている事に気が付いた。

ティンカーは私が拾った白いかけらを受け取り凝視してから、散らばっているかけらに駆け寄り詳しく見ている。


建設中だったので、この建物の屋根はまだできていなかった。

これはワイバーンが空から落とした物だろうか。

そして落ちた物の正体は、岩石でも宝石でもない気がした。


かけらは卵の殻にしか見えない。


「魔物って卵生なの?」

ティンカーに聞いてみた。

「魔物を調教している人でないとわからないよー……飛竜部隊に詳しいエスカに聞けば少しはわかるかも、ただ、これが魔物の卵だとすると……」

ティンカーは、殻を布に巻いて鞄に入れながら厳しい表情で、周囲を見回す。

まだ、丸い形状のままの落下してきた物が地面に突き刺さったままだ。


もしこれが卵なら、孵化してしまったら……


この町はどうなってしまうのだろう。

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