第13話 避難
「アヤちん!伝えてくれた!?」
全力で通りを走っていると、頭上から声をかけられた。
見上げると屋根の上をティンカーが移動していて足を止めたところだった。
「伝えた!各マスターに伝言があるらしい!」
言い終わる前にティンカーが屋根から飛び降り、静かに着地する。
「あれ?スカウトになってる?」
「トキに勧められて転職したの」
「時間があれば、じっくりいろんな訓練したかったのにー……伝言って?」
私は、建物をマジックバッグに収納して大聖堂を狙わせる事、襲撃は明朝であるだろうことを伝えた。
「わかった、アヤちんはエスカに伝えて。レイチェルにはあたしから伝える。問題はセリティアかー。とりあえずエスカとレイチェルは先に大神官様のところに行ってもらって、あたしとアヤちんで一緒に行こう。セリティアの教会はあのあたりだよー、十字架の下」
ティンカーが指さした方向に一つ十字架が突き出ている高い建物がある、あれか。
「セリティアって、大聖堂にいないのなんでなの?」
副神官とか言われてなかったっけ?てっきり大神官の補佐役だと思っていたんだけど別の場所にいることが意外に思えた。
「職業マスターのクレリックと、大神官はまったく違う役割なのねー。とにかく、あとで落ち合おー。ついでにマスターからの課題だよ!自動的に偵察モードにはなってるから、移動は全力で走ってね!それだけ、じゃ!」
ティンカーはそう言って走り去った。すごい速さだ。
私は言われた通りエスカの元へと全力で走る。
走っている途中、ふと体が軽くなる瞬間があったが、気にせず全力でエスカの道場へ目指した。
スカウトは走り回っているだけでレベルが上がる。トキがそう言っていたが、わかりやすく、レベルアップの音が鳴るわけでもないので、私は考えず走り続けた。
それがいけなかったのかもしれない。
エスカの道場へ全速力で滑り込んだが、速さに慣れずに、私は止まり損ねて道場の壁に激突した。
エスカが目を白黒している。
「どうしたの?アヤ。あ、今スカウト?」
「で、伝言……」
私はトキの伝言をエスカに伝えた。ティンカーからの伝言も伝える。
「完成した建物のみしか収納できないから、建築中のものは無理だね。私の管理地区住民の避難は完了したから、建物を収納しに行くか」
周囲を見ると訓練場には人っ子一人いない。
走ってくる途中、誰ともすれ違わなかった。
「みんな地下にでも避難したの?」
「もっと安全な場所だよ」
エスカが神棚の横の暖簾をめくる。
そこには、ガラスケースがあった。
ケースの中に浮かぶ水の塊が、風船のように漂っている。
「これは、時空魔法で作られた移動ゲート。双方のゲート管理者が許可した者しか通れない。住人には私の故郷に避難してもらって今は封鎖中。」
エスカが暖簾を元に戻す、居酒屋のような雰囲気の移動ゲートだ。
エスカがしばらく黙って考え込んでいたが、軽く笑った。
「だから、今回はいくらこの場所が戦場になっても、犠牲を考えずに全力で戦える」
一瞬、エスカの朗らかな表情が鬼のような表情に変わったように思えた。
角が生えているからそう見えるだけかもしれない。
「……避難する必要がなくなったら、どうやって呼び戻すの?」
恐る恐る聞いてみると、エスカが鞄から水晶を取り出す。
「この水晶で連絡とって、ゲートをつなげるだけよ。昔は転生者しかこの水晶使えなかったし、ゲートも転生者以外使用できなかったらしいけど、大神官様がここを調査する際に改良して私たちも使えるよう作ってくれたんだよ」
なんでもできるなトキ。そしてエスカがいつものエスカに戻ったからほっとした。
「可能な限り建物を片付けたら大聖堂に行くよ」
エスカが水晶を鞄に入れるのを見ながら、私も移動しなければと頷く。
「じゃあ、セリティアのところに行ってくる」
「セリティア?一人で大丈夫?」
「場所は教えてもらったけど、ティンカーも一緒に行く予定だよ」
エスカは「あー…」と言いながら頭に手を添える。
「念のため私も後から行くよ。セリティアはスカウト職に就いているだけで、無駄にごねるからね、もしもの時はセリティアを大聖堂に持っていかないと」
「持っていく……」
エスカがセリティアを米俵のように運ぶ姿を想像してしまった。
セリティアってなんでこんなに問題視されているの?ちょっと嫌な感じではあるけど。
「なら、ティンカーはレイチェルのところか。アヤは城壁沿いを左回りに見回って避難しそこねている人がいないか確認しながら教会に向かってみて。レベルアップにもなると思うからさ。」
わかったと頷いて私は道場を飛び出した。
城壁沿い。実のところこの町はすべて見たわけではない。
全速力で走れるのは知っている道のみだから、障害物があれば慌ててよける。
逃げ遅れた人がいないか、声をかけながらぐるりと回り、中央通りを走る。
城壁よりも、大聖堂のほうがまだ高いが、城壁を飛び越えられるのは確かに宙を飛べる生物だけだろう。
後方で地響きがした。
見ると建物が消えていく。
エスカがマジックバックに建物を入れているのだろう。
城壁を沿って走っていると、別の場所でも音がしはじめた。
建物が一つ一つ消えていく様を見ていても、すでに私は不思議な光景だとは思わなくなっていた。
あたりは暗くなっている。
だが、不思議と物の形ははっきりと見えた。
これもスカウト職の特性なのだろうか。
声かけをしながら、走り続け空を見上げた。
焼けるような夕焼けはすでに終わり、あたりは夜を待つだけの灰色の空が広がっている。
明朝に、この景色がどう変わるのだろうか。
不安を抱えながらも私は走り続けた。
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