第14話 確執
セリティアのいる教会にたどり着いたとき、ティンカーと鉢合わせた。
「城壁左回りに回って避難し損ねている人がいないか見てきたよ」
「ありがとー、エスカってば気が利く指示だなぁ」
ティンカーが教会を見上げて、笑いながらため息をついた。
「エスカも教会に来てくれるって」
「ありがたいぃ!……でも伝言する努力はしなくちゃ、先に入っちゃおう」
ティンカーが教会の扉を開く。
教会は石畳のつくり、木造りの椅子が並べられた典型的な内装だった。
日の光が差し込めば、上部窓にはめ込まれたステンドグラスも美しいのだろうが、今は燭台の明かりに照らされ、つやつやと反射しているだけだ。
「セリティア!いるんでしょ?」
「騒がしいですわよ!!」
巨大な十字架の下にセリティアがいた。
燭台の明かりが彼女を照らし、白い肌が赤く染まっているように見える。
「もう住民の避難は終えた?」
「とっくに本国へ避難していただきました、これで襲撃がなければただの無駄な行動ですけれど」
「じゃあ、建物をマジックバックに入れて、大聖堂に向かうよ?」
「なぜです?」
セリティアがきょとんとしている。何を言われたのかさっぱりわからないという表情だ。
「大神官様が大聖堂を狙わせて、明朝に迎え撃つ考えらしいわ」
セリティアの理解力が停止したようで、しばらく固まっていた。
「大聖堂をなぜ狙わせるのですか?建物をマジックバックに入れてしまうなら、市外戦のほうがむしろ良いのではありませんか?」
「マジックバックに入れられるのは完成した建物のみだし未完成の建物の破壊を避けたいんじゃないの?……大神官様の考えはわからないけど」
セリティアは理解できない様子で首を横に振る。
「大聖堂は由緒正しき歴史ある文化遺産です。あの聖堂は古代文明の遺産。いくらトキ様が英雄時代に見つけてきた物と言え本来の正当な所有者は教会本部であるべき。未完成の建物ならば作り直せばよいではありませんか?。何も考えていないのかしらトキ様は。大聖堂と一般の建物など秤にかけられるわけありませんのに、やはり異世界からの転生者。こちらの世界のことなど二の次、戦うことが優先、歴史も文化も形式も重んじない、野蛮な種族でしかないということかしら?」
野蛮、だと。トキのことを悪く言われ、私が少しイラっとした時、稲妻のような速さでティンカーがセリティアとの間合いを詰めた。
「セリティアあんた、ここに赴任してきていつまでそんなこと言ってるの!?」
ティンカーが怒鳴った。急激に間合いを詰められセリティアが杖を握りしめたまま、近い、近い、と言っているがお構いなしだ。
「魔物の襲撃は城壁が完成するまでの間にもあったでしょ!、その時に壊れた建物の修繕で、どれだけ住民が不自由な生活をしたと思ってるの!」
怒りをあらわにするティンカーを見たのは初めてだ。いつもの語尾の伸びすらない。
セリティアは開き直るように胸を張ってティンカーを睨み返す。
「むしろ不自由なのは、ここで生活せざる得なかった人でしょう!早々に開拓などやめて、この不浄の土地から撤退したほうが彼らのためには良いのではありませんか!?わざわざ危険な土地に足を踏み込んで調査しようなどと言う酔狂な者だけを残して!!」
「あんたねぇ!!その調査をしようって言いだしたのは教会の偉い人間でしょ。教会に所属する者の言葉だと思えないわよ!?」
「言い出したのは私ではありませんのよ!!」
ティンカーがセリティアの胸倉をつかみかかろうとしたとき、教会の扉が勢いよく開いた。
「やっぱり、こうなるのか」
扉の先にはエスカが呆れ顔で立っていた。
「セリティア、住民の避難と建物の撤収は終わったのか?」
エスカがティンカーとセリティアの間をずかずかと割って入る。
「住民は早々に避難いたしましたわ、建物は今聞いたので、まだですけれど」
「とりあえず大聖堂に行くよ、セリティアの地区の建物の撤収は後まわし」
「え?」
セリティアとティンカーが珍しく同じ声を上げる。
「お前ら二人の話は長くて不毛だから一旦休止」
「お待ちなさい私はまだ納得のいく説明が……」
「その説明を大神官様から聞くんだから、つべこべいわずにこい」
「でも……」
「でもじゃない」
エスカが鞄から粉のような物を取り出し、セリティアに向けて振りかけた。
振りかけた瞬間、大量に小麦粉をまき散らしたように粉が舞い、セリティアの姿を隠す。
セリティアの、むせる咳と抗議の声が聞こえたが、数秒後にはセリティアの姿が消えた。
「なんてことをなさるのですか!」
細い抗議の声が足元から聞こえた。
床を見ると、消えたと思ったセリティアは小さくなっていた。
おばあちゃんちにあるフランス人形みたいになっている。
「時間がない、大聖堂に行くぞ」
エスカが小さくなったセリティアを小脇に抱える。
「ティンカー、私に速度魔法を」
「了解!」
ティンカーが詠唱する、エスカの体に淡い光がまとう。
球体の光に羽が生えて、エスカの周囲をくるくる回り、はじけた。
「ちょっと揺れるが文句は後で聞く、我慢しろセリティア」
エスカがセリティアを抱えたまま走り出した。速い。
「アヤちん、あたしたちも行くよ!」
「う、うん」
私たちも二人を追って走り出す。
やりとりから過去セリティアとティンカーに色々と確執があったことは感じる。
襲撃のたびに、セリティアが非協力的だったのかもしれない。
前を走るエスカと小さなセリティアを見る。
初めは、セリティアが威勢よく何かを叫んでいたが、あまりに荒く扱われていたせいか、途中から口数少なくなり、ぐったりしているように見えた。
いつもは、親切なエスカが恐ろしい。
私たちは大聖堂目指して全速力で走りつづけた。
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