第11話 偵察者からの報告


唐突に空から落下してきた青年の血を見て私は立ちすくみ、自分自身の血の気が引くのを感じた。


「ごめん!どいて!」

屋根から人影が舞い降りる。ティンカーだ。


ティンカーは青年のもとへかけより、彼の胸元に手を当て何かを唱えた。

青年の傷が少しだけふさがったが、数秒後また血がにじむ。


「応急処置程度しか……誰か教会まで行ってセリティアを呼んできて!」

行かなくてはと思ったが私はセリティアの教会を知らない。

叫び声をあげていた女性が我に返り中央広場へと駆け出す。

ティンカーが懸命に魔法をかけ続けているが、青年の傷はなかなかふさがらなかった。


「マスター……」

青年が薄く目を開く。身じろぎすると、さらに血がにじんだ。

「しゃべらないで、治ってから事情は聞くから」

「ワイバーンが…群れを成し町へ近づいています」

「え?」


青年の呼吸は荒く、ゼイ、ヒュー、という音を交えながら言葉を続けようとする。

「……偵察していた俺の背後をとり……上空から俺を落とす直前に……『空から侵入が可能か』と、ワイバーンが喋っていました……早く大神官様に、このことを……!」

「わかった、わかったから、しゃべらないで」

青年の息が浅くなるころ、セリティアが到着した。


「スカウトとは言え……命は命です!」


セリティアが杖を持ち集中する。

まばゆい青白い光が杖先に集まり、青年へと放たれた。

青白かった光が弾けて白乳色に染まり瞬く間に青年の傷がふさがって行く。


ただ、傷はふさがった後も青年の瞼は閉じたまま身じろぎ一つしなかった。

青ざめたティンカーが呼びかけながら男の口元に手をかざすと息はしていたようで、ティンカーはほっと胸をなでおろしていた。


「ありがとうね、セリティア」

「クレリックとして当然のことをしたまでです、でも」

ちらりと私のほうを見るセリティアの目は冷たい。

セリティアが私に向き合う。


「あなた何もできなかった上に、アサシンなんて役に立たない職を目指すなんて……ご自分の選択の愚かさを身をもって思い知ったのではありませんか?」

私に向けての言葉が辛辣だが、何もできなかった、確かにそうだ。

魔法が使えないにしても、止血の手助けくらいできたのではないか、せめて町に何があるか把握できるくらいには探索しておくべきだった。


セリティアを呼びに行ける程度には。


ファイターとして修行中の、今の私に回復などできない。

だが、渡された回復薬を持っていたはずだ。それを使えばよかったのに気が動転してその存在を忘れ去っていた。


クレリックを選んでいれば、傷を見ることも回復にも慣れていて、ティンカーの手助けができたかもしれない。

この青年をすぐに助けられたかもしれない。


「クレリックならば傷ついた者を治癒できます、スカウトでは止血程度しか……」

「今はそれどころじゃないの!」

ティンカーがセリティアの苦言を遮る。

セリティアはティンカーの手で顔を抑えつけられて斜めの姿勢で、うめいていた。

首が、痛そうだ。


「アヤちん!ごめん大神官様に伝えて!ワイバーンが群れで町に向かってるって!結界の穴があるかもって!!私たちはすぐに住民の避難に当たるから!!」

「え?なんですって?そんな、そんな馬鹿な事あるわけが……」

ティンカーはセリティアの動揺を無視して言葉を続ける。

「セリティアはレイチェルに伝えて自分の地区の住民を避難させて、私はエスカに説明する、まずは住民の避難を優先、クレリックならそっちが優先なのわかるでしょ?」

「わ、わかってますわ、でもワイバーンなんて……知性ない気性の荒い鳥のようなもの…人に使役されていない限り群れを成すなんて……」

「命がけで情報を伝えた彼の言葉を疑うの!?」

セリティアがティンカーの剣幕に気圧されて息をのみながら頷く。

二人とも走り出し、住民に声かけしていた。


私も、トキに伝言を伝えなくてはと走り出した。


魔物と言われて今までイメージできなかったが、血まみれの青年を思い出し血の気が引いた。

転生者は旅をする、ならば、道中絶対と言っていいほど魔物と戦うのだ。

彼のように重症を負う可能性があるのだ。


走りながら流れる汗は別の感情から噴き出た物も含まれていたが、拭わずそのままトキのいる聖堂へと走った。


物理的に戦うという覚悟が私には存在しなかったのだと思い知った。

覚悟していたつもりだったが、本能はまったく覚悟ができていなかったのだ。


聖堂にたどり着き、合言葉を言って手をかざすと扉が開いた。




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