第10話 晴天から暗転


本日は晴天なり、本日は晴天なり……そう連呼したくなるような青空の下、私はエスカと木刀を持ち対峙していた。

道場の外。芝生上の訓練場。


他に足場の悪い泥沼地もある。

人工的に作っているそうだ。


創生の地では外の魔物が強いため、自重トレーニングや、模擬訓練、足場の悪いことを想定の上で地道なトレーニングを積んでから実践、のスケジュールらしい。

実践とはおそらく魔物と戦うのだろう。


訓練を開始して数日経過したが、本当に地道なトレーニングしか繰り返していない。

一応レベルは上がっているようだから強くなってはいるらしいのだけど。

剣の特技もいくつか覚えたが、魔物相手にどう使えばいいのかまだわからない。

魔物と対峙したことどころか、まだ見たこともないからだ。


エスカが柄を持ち、木刀を自分の真正面に縦に構えている。

構えは、地面に突き刺すような方向だ。


この木刀を左右に均等に揺れるように素早く打ち込む。


「利き手の方の力が入りすぎ、腰は下げていいけど、腕で振らない」


「打ち方、刃が斜め、本物使ったら刃こぼれで途中から戦えなくなるよ」


「……よし!出来てるよ!筋がいいね!やっぱりアヤは剣技の才能あるよ!」


エスカは鞭と飴の使い分けがうまい。言われた事を調整して連続して打ち込む。

休憩の声がかけられたので、その場に座った。


以前は少し走っただけで息切れしていた気がするのだが、この世界に来てから妙に体が軽く、以前ならば持てないと思っていた物も軽く持ち上げられる状態になっていた。


体の大きさは変わらないのに不思議だ。


「午後から、斧の扱いを教えるから、昼食にしよう!」

「待って待ってー!!」

いつの間にかティンカーが訓練場に居た。

そういえば、剣技の合間にスカウト座学をやるとか言っていたから、それだろうか。


「休憩中に座学だったっけ…」

「それはまた今度でいいよー、新作持ってきた、食べなーい?」

ティンカーが包を持ってにっこりと笑った。それを拒む理由はない。


訓練場の芝生に座りながら、コーヒー飲みながらサンドイッチを食べていると、ちょっとしたピクニックだ。

かつて魔人が支配していた土地とは思えないほどの、のどかさである。


「アヤちんありがとうね、アサシン職を目指すの決めてくれて!」

ティンカーが嬉しそうに言う。目指すだけであって、職につけるかは分からないのだが、グラさんがいるのだから大丈夫だろう。

グラさんの事で疑問に思った事があった。ちょっと聞いておこう。


「トキ…大神官のお手伝いさんのこと知ってる?」

二人は首を横に振った。

「あたし達は聖堂以外入れないから、お手伝いさんがいるとか知らなかったよー」

「メイドは見た事がないね、転生者として冒険歴が長いと、一人で生活できるから自分でどうにかしていると思っていたよ」

メイド…と言われてグラさんのメイド服を想像しかけて私は頭を横に振った。


ティンカーが私の脇腹をにやにやしながらつつく。

「何?お手伝いさんを、お嫁さんと勘違いしちゃったのー?」

一瞬、グラさんがウェディングドレスを来てトキの隣に立っている映像が頭の中をよぎった。


酷い絵だ。


「そうじゃないんだけど……大神官の部屋まで入れる人って、限られてるの?」

エスカとティンカーが同時に頷いた。

「限られている、大神官が倒れたら、この場所の魔法効力が消えて魔物が襲ってくるから入室可能な人間は厳選されているだろうね」

「大神官は、いるだけでその土地に魔物の侵入を防ぐ結界を出しているのー。熟練の大神官だと町や村の特定の場所に固定した結界を配置したままの状態にする事も出来るんだけどねぇ、ここはまだその状態じゃないかなぁ」

つまりトキはまだ未熟だからあの塔から出られない、ということか。

毎回、偉い人情報が出てくるため、戸惑っていたが少しほっとした。

それでもすごいことには変わらないが。


「話変わるけど、二人はアサシンマスターに会った事ある?」

質問すると、二人とも唸る。


「アサシン転職については特殊でね」

エスカが、サンドイッチを平らげてコーヒーを飲んでいる。

「アサシン転職の試練は、ファイターをレベル最高、スカウトをレベル最高、メイジで中位魔法を取得することが前提条件なんだけど、最終試練がアサシンマスターを見つける事なんだ」


……元アサシンマスター、トキの所にいるんだけど。


「あたしもー、昔、転職する転生者をつけてってアサシンマスターを拝んでみようと思ったけど、成功しなかったねぇ……転生者を見失っちゃって、条件を満たしていないとダメみたい」

ティンカーが悪びれずストーカー自白をし始めた。

マスターが誰かわからないなら、容疑がかかった際、何故グラさんがアサシンマスターとして認知されてしまったんだろう。謎だ。


「アサシン職の誰かがマスターであることは確実なんだけど、スカウト極めてるってなると変装も得意だから誰がマスターって言うのはアサシンでないと分からないんだよねー。だから」

ティンカーが私の手を両手で握る。

「アヤちんがアサシンマスターになってくれると色々楽になるからありがたいよぅ!」

ティンカーが嬉しそうに私に言う、耳の部分のひれがぴょこぴょこ動いている。


「マスター以前にアサシンになれるかどうか、極めるってどれくらいかかるんだろう……」

「アヤは筋がいいし、実践に入ったらすぐに極められると思うよ、この外にいる魔物は桁違いの経験値を持つ敵が出ることがあるしね」

昔、トキがゲームで目の色変えて、待って逃げないで待ってと言いながら熱中していたのを思い出す。あれかな?


「じゃ休憩も終わったし、斧の扱い行ってみようか」

エスカが立ち上がる。ティンカーが「またねー」と手を振って去っていく。

屋根の上をはねていく姿を見ると、スカウトを学ぶのも楽しそうかなと思う。


午後からの訓練は薪割りが主だった。


これ、単に生活用の物じゃないのかなと言う言葉を飲み込んで黙々と薪を割り、所定の位置に組み上げたころには夕日で空が赤みがかっていた。


「今日はここまで、明日から転職してティンカーのスカウト訓練してみたらどう?」

エスカから言われ、大神官と相談して決めると言うと、エスカも微笑ましいものを見るように目を細めながら私を見て「仲がいいな」と笑う。


トキと私は旧知の仲だが、それ以上の仲をエスカとティンカーから勘ぐられているようだ。しかし、元の世界での対応よりもこちらの世界での対応のほうが平和だ。


工事をしていた作業員の人たちも仕事を終えて帰り支度をしている。

みんな異種族だ。肌の色や体の特徴が各々に違う。

トキとグラさんは島流しと言っていたけど、住人達は新天地開拓に燃え活気づいていた。

酒場の暖簾らしきものが下がり、工事に携わっていた人たちが暖簾を潜り抜けるのを見ていると、平和だなと感じる。


あちらは不況が長引いて飲むのすら嫌がるし、私も飲むのも嫌だが、こちらの穏やかに楽しそうな雰囲気を見ているとちょっと飲んでもいいかなという気分になる。


さて、旅立つ支度ができるまではトキのところに居候生活だ。


聖堂へ向かって歩いていると、何かが後方で落ちる音がした。


同時に後方で金切り声の叫び声が聞こえた。


振り向くと、耳が魚のひれの形状をした青年が血まみれで道端に倒れていた。

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