第7話 アサシンマスター不在の理由


自室でトキが私の今後に関して頭を痛めていることなど、その時の私は知らなかった。


私は大聖堂の入り口で立ち尽くしていた。


町は復興中なのか、工事をしている建物が多い気がする。

大聖堂だけは一目で分かる豪奢な建物だ。その扉が押しても引いても開かない。

中心部から突き出た塔部分を見ると、最上階が雲に隠れている気がする。


エスカ達と一緒に聖堂を出た時は自動ドアのように開いたと言うのに、私が目の前に立っても触っても体当たりしても何一つ反応しない。


「お前、何しとんねん」

背後から声をかけられて振り向いた。


目の前に、サングラスをかけた緑の肌の男立っていた。

体は筋肉質。頭はスキンヘッド。身長は私と同じ程度だったが、謎の威圧感が発せられていた。


「おう、ここがどこか分かって忍び込もうとしとるんか?ああん?」


男は黒スーツを着用していたが、それにそぐわない白いフリルの布地に花柄刺繍のエプロンを着用していた。

男が持っているかごの中にはネギのようなものがはみ出している。

「主職業選択が終わったら大神官様のところに来るように言われていたので……」


サングラス越しで目つきは分からないが、ドラマに出てくる筋物の人の態度だ。

何故この人が大聖堂へ入る事を咎めるのか分からないが、忍び込もうとした誤解だけは解いておきたかった。


「ん?すると嬢ちゃん、転生者か?」

無言で頷くと目の前の男は、「うっかり者やなー」と呟く。

「ここはトキ坊の許可がないと入れん仕組みや。その様子じゃ、もろてへんのやろ、鍵」

「鍵……」

だから職業選択が終えたら自室に来いと言っていたのか、忘れた私が悪いのだが。


男は鞄から水晶の玉を取り出す。一瞬光ったのを確認して、男は喋り出した。


「トキ坊、トキ坊!、お前この嬢ちゃんに鍵、渡さんかったとちゃうか?このまま一緒に入っていいんか?」

数秒待つと、トキの顔が水晶に写る。男が水晶を私に向ける。

『あ、説明忘れてた、ごめん、グラさん一緒にお願い』

水晶の中のトキが両手を合わせて言う。携帯電話だろうかこの水晶。


「ほな、一緒に入るで」

グラさんと呼ばれた男は水晶を鞄にしまって、手を扉に添え一言「開けゴラア!」と叫ぶと、扉が自動的に開いた。

「ついてこいや」

グラさんの後ろについて行きながら無事聖堂に入ってから思った。


……鍵は?……


大聖堂内をどかどかと足音を立てて歩くグラさんの後ろをついて行く。

見かけは鈍足に見えるのだが速度が異常に速い。

グラさんが唐突に立ち止まったので、ぶつかりそうになりよろめいた。

「通りすぎた、おーいトキ坊!新入り転生者連れてきたぞ」

グラさんがガンガンと扉を叩く。扉が開いて入ってとトキの声が聞こえた。


部屋に通されると、中央に大きなデスク。その上に積まれた書類に隠れるような形でトキが座っていた。

二日不在の課長のデスクとかこんな感じだったなと、妙な既視感を覚える。

トキは机に向かって書類を見ては押印していたが、その手を止めて私達を見た。


「紹介する前に会っちゃったね、家政婦のグラさんことグランソートさん」

グラさんが、おう、家政婦よ!と言ってサングラスから目をのぞかせる。


「家政婦さんって女の人だと思ってた」

「女の人が実際多いんだけどね、まあ色々とあって……」

「わしはトキ坊のおかん代わりを今やっとるが、実は元師匠やで?」

グラさんが胸を張る。過去大神官だったと言う事か、とてもそう見えないが。


「こいつはな、転生者の中でも生え抜きで、魔人討伐部隊の主要メンバーの英雄のうちの一人や。今はつまらん神官だが昔は凄腕アサシンやったで?」

グラさんの言葉はいろんなご当地言葉が混ざっているような気がする。

意味を理解するのが大変だ。

大神官ってつまらない職業なの?英雄…どこまで偉い人情報が出てくるんだ、トキ。


「驚かんのかい、嬢ちゃん」

「…一つはエスカ達に聞いたから……」

以前トキからの自慢で聞き流していたような気がするが、改めて聞くと内心は驚いている、しかし、表に出ないだけだ。私の表情筋の硬さのせいである。


「ちゃうちゃう、お約束で、ええー!?って、驚くところやろ、ここ」

「えー?」

グラさんが、「もっとオーバーに!」と首を横に振る。


「魔人倒した後の祝賀会の席で、どの姫娶るか迫られた時に逆たま蹴ったアホやけどな。故郷に返事待ちの想い人がいるから言うて結婚できん堅い大神官職志願して辺境地に来たのはアホ通り越してロマンチストやな……」

「グラさん!ちょっとぉ!!」

トキが慌ててデスクから身を乗り出しグラさんの口をふさいだが遅かったようだ。

故郷の想い人……。

「……返事なんか『はい』しかないのに…」

無意識に漏れた自分の言葉に気が付いて顔が熱くなった。


想い人については置いておこう。アサシンの話を聞くなら今しかない。


「ティンカーから…私はアサシンの素質があると聞いたけど、肝心のアサシンマスターが不在らしくて…アサシンマスターの居場所…知っている事があれば教えてくれる?」

スカウトが盗賊として扱われていた事は後で聞くとして、まず消えたアサシンマスターの所在が分かればいい。


もし復帰できればティンカー達の業務負担は一つ減る事になるからだ。


「あ、それ、わしや、すまん」

「え?」

グラさんが軽く言った。

「わしが元アサシンマスターや、色々あってな、廃業した。今はトキ坊のとこで家政婦」

「え?なんで?」


見るとトキが震えている、いったい何があったと言うのか……。


「だって……グラさんの副職業の調理人スキルで作った美味しいご飯がないと長い禁欲生活なんて耐えきれないと思って……いっそ専属家政婦をしてもらうしかないと……」


トキからどうしようもないアサシンマスター不在の原因を聞いて、私の中の重要度を測る天秤がティンカーの方に一気に傾いた。


「そんな理由で担当業務外の仕事増やされたらティンカーもエスカもたまらないでしょ。業務改善の為、今すぐアサシンマスターを復帰させて」

トキの机に手を置いて、真正面から睨みつける。

「…………さっきのは、お約束の冗談って言うか……」

トキが汗を浮かべて苦笑いをする、火に油を注ぐ天才かと思わず胸倉をつかんでしまう。


「こらこら、嬢ちゃん、落ち着きな。あと、トキ坊もこんな時はボケんでもええで?」

グラさんが私の手をトキから離した、強制的に手を掴まれ離された事にしばらく気づかなかった。


「ちょっと長くなるが話を聞いてくれんかのう……嬢ちゃん」

「グラさん、巻き込むのは……」

「せやかて、この嬢ちゃんアサシンの素質があるんやろ、聞く権利はあると思うが」

「それは……それは……そうかもしれないけど」


トキは何か言いづらいことがある様子で、口ごもったまま頭を抱えていた。


グラさんが自分のスキンヘッドを撫でながら「情けない話をするのは苦手だが」と語り始めた。


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