友誼ノ断章

「すっげぇ! どうやって捕まえたの!?」

「……罠で。作り方は、ひみつ」

 二羽の野鳥を捕獲して夕食の調達から帰ってきたわたしに、ギィは瞳を輝かせた。

 罠で、というのは嘘だが、真実を告げるわけにもいかない。ギィが信じてくれることを祈るばかりだ。

「これは山鷸シギ。食べたことある?」

「ないない。都で庶民が食べる肉といえば、鶏か豚か……。牛だって、めったに出なかったなぁ」

 侘しい生活だった、とギィが笑う。すねかじりの言えた義理ではないだろう。

「どうやって食べるの? 丸焼きとか?」

「うん。石窯で丸焼きにして、特製のソースをかける。お肉もいいけど、内臓にクセがなくて絶品。この山で獲れる動物の中じゃ、一番おいしいと思う」

 ぐぅ~、とギィのお腹が盛大に鳴った。ギィは細い身体に似合わず、大食いだ。

 本当は陽が沈まないうちに、燻製の準備をしてしまいたいのだけど――。

「早めのご飯に……する?」

「さっすがメル! わかってるぅ!」


 こんがり焼けた山鷸シギの丸焼きに、ゆでた山菜をつけあわせる。自家製の酵母でつくったパン、じっくり煮こんだお芋のスープ。

 いただきます、とふたりで合掌し、ギィはさっそくメインにかぶりついた。

「う……うまい! うますぎる……!」

 芝居がかった言い方だが、その感想は本物だろう。だって、涙を流している。

「やわらかくて……噛むたび、しつこさのない濃厚な肉汁があふれ出る。山鷸シギそのものも最高だけど、まろやかなソースも、これまた絶品で……」

「内臓をすりつぶして、スープの出汁とブレンドしたソース。今日は、特に自信作」

「すごい、ほんとにクセが全然ないんだね。一流のリストランテで出てきても、みんな喜んで食べるよ、これなら」

「わたしにとっては、いつものご飯だけど……」

「メルは贅沢者だなぁ。毎日がパーリナイじゃんか」

「なに、その言い方……」

 ふっ、と笑った拍子に、お肉のかけらが口から飛び出してしまった。慌てて手で払い、食器の陰に隠す。ギィに見られなかっただろうか。

「スープも最高……幸せ……」

「隠し味に、オリーブオイルを入れてる」

 よかった。脇目も振らず、食事に没頭してくれている。

「この頭の部分は、さすがに食べないよね?」

「食べる。ていうか、吸う。脳みそを」

「ヒエッ」

「個性的な味だよ」

 好みはわかれるだろう。好きか嫌いかで言えば、わたしは嫌い。でも、ふたりで食べれば、まずさも一興だと思う。





「五臓六腑に、染みる……」

「メル、おっさんみたいだね」

「心外」

 昔、風呂に入るたび父が呟いていた感想を、真似しただけだ。わたしの感性がおっさんというわけではない。

 禁忌の山ハルナーゼのふもと近くの、天然温泉。立ち込める湯煙の中、わたしとギィは大きな岩を挟んで、互いに一糸まとわず乳白色の湯に浸かっている。いや、確認したわけではないから向こうはどうか知らないが、少なくともわたしは全裸だ。

 なかなかにどきどきする状況ではある。

「のぞかないから安心してよ」

「のぞき魔は皆そう言う。たぶん」

「いやいや、マジだって。ちょっと首を傾ければ、女体なんかより、よっぽど魅力的なものが、すぐそこにあるからね」

 そう言われて、わたしは何となしに空を仰いだ。

 小夜さよ。無数の、宝珠のごとき煌めきが、天空を余すところなく覆っている。

「きれい……」

 と、我知らず感嘆が零れ落ちた。

 長い年月を、この星空の下で過ごしてきたはずだけれど、うつくしいものは、何度見たってうつくしい。

 高層建築に蹂躙された都の星空しか知らないギィにとっては、一入ひとしお魅力的なことだろう。

 でも……。

「星空より、わたしの方がきれいだもん」

 ハッハッ! ――ギィが、わざとらしい笑い声をあげる。

「ナイスジョーク」

「…………ハッハッ」

 そう、ジョークだ。本気で自分と星空を比べたりなんか、するわけがない。





「釣れないねぇ」

「それがいいんじゃない」

 今日は、山小屋から歩いて四半刻ほどのところにある湖に、ふたりで来ている。魚釣りをするためだ。晩夏――産卵に向けて、嘉魚エノハが脂をたくわえる時期。わたしにとっては毎年の楽しみだけれど、ギィは魚釣り自体が初めてらしい。

嘉魚エノハって、都だと揚げるか焼くかして食べるのが普通だけどさ、ほんとに刺身で食べられるの?」

 ギィの質問に、わたしは首肯する。

「お刺身でしか食べたことないよ、むしろ」

「ふうん。新鮮な素材ならでは、って感じなのかな」

 竹竿を片手に持ったまま、ギィはごろりと寝転んだ。六つ葉クローバーの群生が、その背中をやさしく受け止める。高級なシルクのシーツにくるまるより、こうやって草本のベッドに横たわる方が、何倍も気持ちいいそうだ。赫々かっかくたる太陽、そよぐ清風。そんなロケーションも相まっての感想だろう。

「あ、魚信あたりだ」

「おれが上げたい!」

 自分の竿をほっぽって、素早く身を起こすギィ。

 わたしは唇を尖らせる。

「ズルい。わたしだって、上げたいし」

「じゃあ……」

 ギィは、竹竿を持つわたしの両手の間に、自らの両手を添えた。

「いっせーの、ね。楽しいことはシェアしなきゃ」

「……もう」

 触れ合う肩と腕から、ギィの体温が流れ込む。もしかしたらこの温もりが、『仲良し』ということの証明なのかもしれない。

「「いっせーの!」」

 水面みなもが弾ける。虹がかかった。

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