Descendant of the bravers 5話

洞窟の中は奇妙だった。適度においてある火の明かり、入った瞬間に臭ってくる腐敗の香り、何より地面が走ることができる程度に整えられていた。

この洞窟に化け物が出現してからそれなりに経つというのに、火の明かりが灯っているということは、化け物は火を恐れず、油をも使うということであり、腐敗の香りがたまるということは、死体が今も後生大事に残っているということであり、地面が整っているということは、わざわざ整理する必要があったということである。

昨日も感じたことだが、あまりの空気の悪さに思わず口周りを手で覆う。


(こりゃ明らかに人為的だろ。どこのどなたが関わってんのか知らないが、ちとやりすぎだな)


昨日試しに消しておいた灯りが再び点灯しているのを見て、ますますロアはその考えを強めていく。

一定のリズムで走る足音が洞窟に響く。自身の記憶と照らし合わせて、途中のやや広い部屋まではほとんど一本道で、その間に使われていないような部屋がいくつかあることを思い出す。

一つ一つ部屋の中を見ていくが、物音も人の気配もまるでない。念のためにも軽く呼びかけなどもしているが、帰ってくるのは耳鳴りがしそうなほどの静寂のみ。暗く響く自身の足音が嫌でも心の中の警戒心や不安感をあおっていく。それはまるで背骨を直接撫でられているようなじわじわとした嫌な感覚を引き起こすもので、彼の心に余分な焦りを生みだしてしまう。


(大声で探したいところだが、こんな狭い場所でかぎつけられても厄介なんだよなぁ)


向こうの方から助けでも呼んでもらえれば、ロアとしても吹っ切れることが出来るのだが、そもそも先に入った連中がここがどういう所なのかを正しく理解していない以上、悲鳴や叫び声は明らかに状況がまずいときにしか響かないだろう。

と、いくつ目かの横部屋を確認して、空振りなことに少々いらだっていると、後ろの方から何かしらの声が響いてきた。一本道といえど、この洞窟は直線に掘り進められているわけではなく、軽く曲がったり下がったりをしているので地上との位置関係は分からない。謎の声の正体は十中八九化け物だろうが、こんな場所で響くということは。


(どっかに隠し扉か通路でもあったかね)


だとすればこれまで探していた行為そのものが無意味になる。たまたま、ごくわずかな可能性ではあるがそんなところに逃げ込んだかもしれないという可能性があるだけで手間は何倍にもなるだろう。


(見つけた後にかち合うよかよっぽどましと考えるとしますか)


守りながら、それも狭い洞窟内での戦闘などに経験はない。ならば、ここで帰り道の邪魔になるものは少しは減らしておくべきだろう。

腰につけた二つの短剣に手をそえて、周りに意識を集中させる。といっても取得できる情報は少なく、空気が滞留しているせいで壁にかかる火の灯りはたいして揺れず、目に映るのは前も後ろも暗闇だけ。匂いも腐乱臭が全体的に強くろくに嗅覚も働かない。この状況でまともに働いてくれるのは聴覚だけか。少しずつ叫び声が強くなってくる。


「助けてーーー!」


入口からの声は囮にすぎず、こちらの存在がばれているのなら後ろに回り込まれている可能性すらある。進むべき方向に今や背を向けているのだから、そのような可能性は百も承知だが今はどっちつかずの警戒をするべきではない。

とりあえず、横部屋で隠れて奇襲でもかける作戦で行くことにした。

足音が早く、軽い。ロアの知っている化け物は彼よりもかなり大柄だ。足音の主は別の生命体だと予測できる。

自分より小さければ横を通るときに無理やりにでも引き込んでやろう、などと考えているうちに足音がすぐ近くまでやってきた。

土くれの壁からこっそりと顔を出して確認する。暗くてよく見えないが、わずかに浮き出た輪郭は自分の体格よりどう見ても小さいものだ。というかあれ人間では?服着てない?

叫んでいる内容はもはやロアの理解力を超えているが、どうにも助けを求めているような気がしないでもない。これ以上騒がれても本当に迷惑なので確保する。どうにも聞き覚えがある声なのはなんでだろう。


「びゃあああぁぁぁ!さっきまであった人影がないぃぃぃぃ!!むぐっ……――っ!――っ!!」


激しく動く小型生命体を捕まえて引きずり込む。いつまでもやかましい口を腕でふさいで黙らせる。はたから見たら犯罪の現場にしか見えないうえに場所が場所なので凶悪犯罪度もダダ上がりである。まあ場所が秘境すぎて目撃者も何も居ないものなのだが。

腕の中で暴れる小動物は髪が長くて動きにくそうなロングワンピースでそもそもとしてロアにはこのサイズ感に覚えがあって。もうなにもかも見覚えがある。


(びゃあああ!おいしくないですぅぅぅ!!)

(ちょっと静かにしてもらえませんかねぇアイリアさん!)

(なっなななななんで名前知ってるんですか!?)

(俺!ロア・グランド!)


ぴた、と腕の中で暴れまわる小動物ことアイリアの動きが止まった。器用にも暴れていた体制のまま止まっているので、彼女だけ時が止まってしまったかのようにも見える。


(騒いだり暴れたり忙しいやつだねほんと……)


暴れなければそれでいいかと思い、ゆっくりと下ろす。ロアが一歩引いてアイリアを見てみると、やけに体をプルプル震わせているのが目に入った。怖い目にでもあったのかもしれない。


「んだよ、結局怖がってんじゃねえか。なんでこっち来て痛っ、いだいいだい。ケツ叩かないで」

「全っ然あそこ安全じゃないじゃないですか!」


開口一番、彼女がお尻を叩きながら文句を言ってきた。実は全然痛くないしっぺがお尻を強襲する。どうやら恐怖の感情よりも怒りの感情の方が勝っているようだ。


「なんかでてきた?」

「血だまりです、血だまり!!一人になったとたんに心細くなってしまって、ちょっとうろうろしていたんですけど!森の奥に行ったらいきなり血だまりドーン!あんなの危険度激高ですよ!」

「それは……あー、俺が昨日やったやつ、だな」


いまいち要領を得ない身振り手振りを振りまくアイリアに向けて、バツの悪そうな態度で答えるロア。


「俺が昨日ぶっ倒したのを解体したんだよ。体で気になるところがあったから。何食べてるの、とか。ほら。昨日血だらけだったのも、どっちかっつ―と解体したときの返り血が原因で」


ロアは少々早口気味に応えていく。


「じゃああれですか私がビビってたこと全部あなたのせいなんですか?」

「いや、あのね、そもそも入口で待っててくれれば問題はないといいますか」


お尻をリズミカルにたたき続けるアイリアをなだめる。これ以上ロアのお尻を打楽器にされては話が進まない。


「ともかく、ここまで来ちまったんなら一緒に行くか。どうせここから単身で帰るのも、一緒に進むのもお前の言う危険度は変わらねえだろ」

「もとよりそのつもりです。一人は怖いので」

「堂々としてますな……」


意気揚々と歩き出さずに常に一方後ろを歩く位置に落ち着いた彼女を見て、小さなため息をつく。

後にも先にも自然の光は見えず、たいまつの不安定な明かりを頼りに進むしかない。揺らめく影が巨体の化け物にも変容しかねない場所で、背中にひっついたアイリアが時々震えるのを感じる。


(確か、そろそろ少し開けた場所に出るはずだったよな。あそこ門番みたいなのがいて……そこら辺までには見つけたいんだが)


息苦しさはないものの、腐敗の匂いは歩むごとに強くなる。足の重みが少しずつ大きくなる感覚にとらわれながら、一つずつ横穴にある人の気配の有無を確かめていく。大半はなぜか何もない空間で構成されているが、たまに腐った人間が放置してある。どれもこれもが激しい破壊の渦に飲み込まれたような損傷を起こしており、人間としての体裁もろくに残っていないものがほとんどであった。


(化け物も人もどこにもいない。ちと最悪寄りの最悪だな、ったく)


こうして、洞窟内で待つアイリアに何度目かの否定の仕草、もとい首を振った回数が数えられなくなり始めたころ。


(こーれで何個目の横穴でございますかね……)


疲れた顔をのぞかせると、すぐに違和感に気付いた。

なにやら黒い布が横穴の奥でうぞうぞとしている。

とんとん、と足音をわざと立ててみると、一瞬痙攣したのちピクリとも動かなくなった。


「……助けに来たぞ」


小さな声で喋りかける。黒い布の中の雰囲気が変わる。そわそわとした息遣いがこちらまで聞こえてくるようだ。

横穴の外で見張りをしているアイリアを手招きする。


「俺が呼びかけるよりもお前が呼んだ方がいいだろ。警戒心が高いのは良いことだが、とっとと脱出したいんでな」

「は、はぁ」


入れ違いになるように、アイリアと場所を変わる。すぐに、彼女がここまで一緒に来た仲間の名前を呼び始めた。


「シュング、カントス、ヨーリア、トルスアン、みんないる?えっと、助けに来たよ。私だけじゃどうにもならないから、大人の人に手伝ってもらったけど頑張ってここまきゃあああああ!!」


叫び声が響く。慌てて振りかえり、横穴に飛び込むと、ロアの眼前には、アイリアに泣きつく同年代の子供たちがいた。

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勇者たる末裔たち @AMMMU

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