Descendant of the bravers 4話

さて、例の魔窟。いわゆる化け物専用の地下施設。これが意外にも町に近くの場所にある。直線距離にしてだいたい五km程度に位置にある崖が入口になっているのだが。


「ぜひゅーっ、ぜひゅーーーっ。待ってぐだ……おぇっ」

「馬鹿野郎おまっ、まだ半分進んだか進んでないか何ですけど!?」


青い空、青々とした平原、そして、顔面がすっかり白くなり、息も絶え絶えな全然体力のない女の子がいた。とはいえ基準を成人男性にしてしまうのは酷な気もするが、冒険者としての点数は甘めにつけても今回はご縁がない感じである。果たしてどこが臨戦態勢なのか。

そもそも彼女、町を出るところまで走った時点で吐きそうな顔をしていた気がする。


「もうむりでず……わたしのことはおいて、さきにいってくだしゃい」

「どこの旅の終盤よそれ!まだ俺たちの旅は始まってないでしょうに!」

「ほんとつら……ぶえぇっ!」


とうとう自分の足に足を引っかけて盛大に転んでしまう。両手はしっかりと空中に伸ばしてしまったので、地面とのキスコース確定な勢いで倒れこむ彼女をロアが慌てて救出にかかる。

念のため隣を走っていたので、抱きかかえるのは容易だったが、なんだか助けを求めているというか、具体的にはまだ走らなきゃいけないんですか的な目を光が伴っていない状態で向けてくる。


「わかった、おんぶする!休んでいいから、な!!」


哀れな少女に根負け、というよりこれ以上遅れてはいられないという考えから背中にかぶさるように促す。なんかもう汗だくだけどどうでもいい。

アイリアは逡巡したのち、力ない手で何とかよじ登ると、体重をロアに預けてこう言った。


「…………まだ結婚もしてないのに」

「これは婚前交渉には入りません!いい加減にその歪んだ男性との接し方を教えたのはどこのお母さまなのか訊き出したい!!」


がっしりと体をつかませると、ロアは改めて走り出した。背中の感触は喜ぶにはさすがに幼い上に小さかった。

重さが増えれば当然、それによる負担も増加する。そのはずなのだが、それでもアイリアと横に並んで走っていた時よりもはやい速度がでている。


「にしても、どこから来たのか知らないけど、その体力でよくここまで来たな?それともこの町出身なわけ?」

「違います、私は東側の漁を営んでいる村の出です」

「じゃあどうやってこの町まで……」

「近くに魚を卸してる都市があるんです。そこからはずうっと馬車で」

「はえー、便利な時代だなぁ」


別に時代に乗り遅れたわけでもなし、馬車くらいはロアも使ったことがある。しかしながら、どうにも脳みそが勝手に昔よりな感覚になってしまい、思わず感心した風に言ってしまった。


「それで、この町に来たのは乗換の途中何です」

「んで巻き込まれたというか、巻き込まれに行ったというか」

「ところで、今回の件、まだ何も話してもらってないんですけど」


アイリアからしてみれば、ろくに説明もされずについて来させられたわけだから当然の疑問ではある。今こうやってロアにおぶってもらっている間も、もしも全く関係ないところに誘導されているとしたら、と考えてしまう。これが仮に誘拐事件だったりしたらすでに成功しているのだから。

対して、今更わき出した彼女のロアに対する不信感を知ってか知らずか彼の方はいたって平然としている。


「まあ、あれだ。今向かっている洞窟に何がいるかわからないのに、素人集団が突貫しているわけだろ?」

「でも昨日、あなたが自分で化け物は倒しちゃったじゃないですか。まあ私は化け物の正体も見てませんけど」

「普通に考えてあんなのが一匹だけってことがあるかよ。まあお前は見てないっつってるが……。ともかく今回の依頼は異例っつーか、残党の確認なら手慣れてる人間を行かせるのが道理なんだが。慣れていない人間をいきなり行かせる理由がわからん。ということで、総括すると何がいるのかわからない場所に君のお仲間が無謀にも突入しているのだよ。うーん、改めて説明するとやばさが増すなあ!!」


勝手に自分の足にさらに力がかかるのを感じながら、ロアは走る速度を上げていく。

最悪なのは着いたときには既に死んでいましたという場合だが、今まで何人もの冒険者が帰らぬ人となっている以上、その可能性は決して低くはない。

いや、もしかしたら後ろの子にとっては、目の前で死なれる方が辛いかもしれない。少し前まで立派に生きていた命が、翌日には目を開けなくなっている。などという経験は田舎育ちの少女には縁のないものなのだから。


(まぁ縁があるから楽かと言われればそうじゃないけど)


時折、朽ちる寸前といった具合の看板が物寂しく立っている。内容としては先にある洞窟への距離を書いてくれているらしいが、風雨にさらされたそれは見るに堪えない姿にへと変わってしまっていて、まともに読めない状態であった。

具体的な事はロアたちも知らないが、元はと言えば町の近くにあった洞窟を形だけでも観光資源にでもしようとしたなごりなのだろう。特別な風景があるのならともかく、そういった利点もないものを人寄せに使おうとするのは苦肉の策にもほどがあるように見える。

そうこうしているうちに、最後の看板を通り過ぎる。小さな丘を越えると、先ほどからちらちらと見えていた崖が視界の全面に出現した。

洞窟の入口から進む道は簡単な舗装がしてあり、両脇には崖の上から飛んできた種子が成長したのか、見晴らしの悪い森ができている。


「そら、見えてきたぞ。今まで何人も殺してきた地獄の入口だ」

「入口大きくないですか?」

「だってお前、昨日倒した化け物俺よりずっと大きいんだぜ。入口どころか洞窟全体もそれなりにでかいぞ」


アイリアの言う通り、入口の大きさは仮にロアが彼女を肩車しても天井に届かない程度には大きい。何が要因でできた洞窟なのかはわからないが、ここまで巨大だと例の化け物以外も住んでいるのではなどと考えてしまう。

ついでに、聞いてないんですけど!?と耳元でお叫びになる彼女を見ると、ロアの心も痛まないわけではないのだが残念ながら化け物の特徴も洞窟の概略図も掲示板に載っている情報なのだ。

洞窟の入口まで来たのでようやくアイリアを下ろそうとする。洞窟が大きいと聞いたからなのか、なかなか降りようとしない。そこまで走るのが嫌いなのだろうか。


「別にお前は中に入らなくてもいいんだけどな」

「しからばなぜに私はかようなところまで?」

「言ったと思うが回復役だよ。そりゃ最前線で治せるにこしたことはないだろうが、今回は一番近い安全な場所で待機」


いきなり古語になったところには全く触れずに、要はお留守番していてね、と告げる。

それを聞いて安心したのか、アイリアはすぐさま降りる。さっきまでの疲れ具合が嘘のような着地の具合だったが、とっくに疲れが取れていたわけでも、おぶって現場まで連れていってもらおうとしていたわけではないのだ。

ふむふむ、と辺りを見回しながらアイリアが


「ところで、ここが安全だという保証はあるんですか?」

「少なくとも、昨日は化け物外に出てこなかったと思うぞ」


ロアが自身の装備の再点検をしながら、入口の辺りを指さす。

最初は何もないように見えたが、ちょうど足元の高さくらいの場所に、うっすらと細い糸のようなものが見える。そこらにある枝の切れ端を支柱に見立てて作った簡素な出入りを確認するための装置だ。


「比較的簡単に切れる糸を張っておいたんだが、まだあるし、多分大丈夫だよ」

「……雑では?」

「まあ嫌なら一緒に来ればいいと思うけど」


再点検も終わり、いよいよというところでロアからの最後の確認が入る。アイリアは彼、というより彼の背中に目を何度か向けながら、少し悩んだ様子で返答した。


「それも嫌ですね」

「了解っと。それじゃあお留守番よろしく」


ロアは出入口の糸を撤去して、気軽に地獄が開けた大口へと突入した。外から見える中の様子はまさに暗闇であり、アイリアの目にはロアが暗闇の中に忽然と消えてしまったように映る。


「うう……みんな無事で帰ってきますように」


今までもずっと誰かと一緒にいた影響か、急に心細くなったせいで独り言が思わず漏れる。なんだか寒気もするし、見られているような感覚さえある。洞窟の近くはただでさえ見通しの悪い木々が生えている以上、そういった不安が頭をもたげるのは仕方ないことであろう。

そして、今もそわそわうろうろしている彼女は知らない。

暗い森の少し奥、今のアイリアがもう少しうろついてしまえば見えてしまいそうな位置に、すっかり乾いてしまった血だまりの跡があることを。

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