Descendant of the bravers 3話
「薄かった」
「はぁ」
「卵すら入ってねぇ」
病人食というよりも、戦時食のような味の薄さだった。かさが多いように見えたのは文字通り水増し、ではなくお湯増し。自分で材料買ってきた方がまだおいしいものが出来上がるだろう。
組合に食事の水準を上げるように要望を出すべきかもしれない。
何はともあれ、やけにぺちゃぺちゃしていたお粥も食べ終えた。したがって本格的に今日を開始する。
とりあえず、外にでなくちゃ何も始まらないため受付で荷物を受け取らなくてはならない。着ていた服もきれいになって帰ってきたらいいなー、と淡い期待を込めて組合受付に向かう。
「まぁ腹ごなしはできたし、あともう一仕事してこの町も出るか」
「もう一仕事って、一番大きな目玉はロアさんがやっちゃったじゃないですか」
「仕事ってのは自分で取ってくるもんなんですう」
あてはあるよ、と呟いて受付から自分の荷物を受け取った。
念のために中身も確認する。
(えーっと、財布、雑貨の詰め込まれた袋に、血だらけの下着、血だらけの防具、いざという時の非常食、よく見たら全部血だらけじゃねぇか)
何とか服だと確認できる程度に汚れた服が入っていた。間違いなく昨日の下着類である。
すっかり血だらけのまま乾いてしまった服は、適当に丸め込まれた状態から開くと固まってしまった血液がバラバラになって落ちていった。ふと横を見ると、少し引いた目でこちらを見ているアイリアの姿が映った。こういったことに慣れていないのかもしれない。
「あちゃー、ひどいなこれ」
「着ちゃいます?」
「着ちゃいません。変な病気あったらやだし」
きっぱり言い放つと、再び服だったなにかは丸められ、捨てられてしまった。
他に捨てた方がいいものがあるかロアは探してみる。
幸いにも防具は多少洗えば落ちそうだし、旅の荷物についた血は乾いた血がこびりついたものばかりだったので簡単にきれいにできた。ただし変なキノコの生えていた非常食は捨てた。
余計なところでたくましさを発揮した生命は無残な最期を迎えるのがオチである。
(服も予備を着れば何とかなるだろう)
袋の底に押し込まれていた古着を着る。所々がほつれているし、濁ったシミがついているし、しばらく着ていない服特有の倉庫みたいな香りがした。
謎の要素からなる落ち着く香りに包まれながら体を預ける。何故か実家を思い出させる不思議な古着だった。
「なんだかすごく野暮ったくなりましたね」
「着れるからいいの」
「仕事帰りのお父さんを思い出します」
「さすがにそこまで年寄りじゃないんだけどなぁ」
なかなか遠慮のないアイリアの発言に、苦笑してしまう。とはいえ、彼女もまだ子供なのだろう。大人ですら場合によっては郷愁してしまうこともあるのが冒険者の常ともいえる。とはいえ故郷を追い出されたから行く当てもなくふらふらしている人間がいないわけでもないのだが。
絶対とは言わないが、先ほども母親の話をしていたわけだし、彼女は別に実家と疎遠なわけではないのだろう。だからまあ、ロアも気にすることなく話題に触れる。
「どんなところがお前の父親に似てるんだ?」
「匂いですかね」
「やめて」
ロアから漂う香りは加齢臭などではない。決して、決して。加齢臭の原因も具体的な事は分からないが、自分は加齢臭など発していないと自分に言い聞かせる。
とはいえ加齢臭が原因でないのならば、体臭の原因は何だというのだろうか。
冒険者とは、常に不衛生な環境との戦いである。とはいえ、文明が存在するところに入る前に身を清めるのは不可能である。ある程度の規模の一団ならばともかく、個人で動いている冒険者では偶然温泉にでも行きつかない限り湯につかりはしないのだ。
ロア自身、三日に一度くらいはそういったことを整えるのだが、旅のさなかに行う以上おざなりになる。すなわち経験上、冒険者の体は臭いのだった。
「仕事する前に風呂はいろ…」
今日こそ町長は居るだろうし、昨日は仕事帰りだったから気にならなかったが、多少は身なりもまともにしなければならないだろう。
(このださださ上半身でかしこまった場所に行きたくねえし)
少なくとも、今彼が着ている黄ばんだ服はどう考えても恥ずかしい代物なのだし。
他に着るものもないので、服を買いに行く服は今着ているじじむさいもので代用させることにした。
「何をするにしても、外に出ないとな」
「まずはお風呂ですか?」
「まあ、午後一番に町長のところに行けるようにはな。そちらさんは?」
「みんなのところに追いつこうかと」
「みんな?」
ええ、と言ってロアが昨日大胆に押し倒した掲示板に新しく張られていた紙を指さす。
“魔物が討伐されたことによって当面の危機は去ったと考えられる。しかしながら危険性は低いものの、地下の魔窟に何が存在しているのか調査してもらいたい。褒美は50000Gとする。町長。”
「みんなっていうのは同郷だったり、途中で一緒になって冒険者になろうって話をしてここまで来た人なんですけど」
「やけにふわふわした一行だな。はあ、なるほど……あ?」
アイリアの話を話半分に聞きながら、紙を途中まで読んで、途端にロアの顔が曇る。
「”危険性は低い”……”調査”……ああ、まずいな。全部まずいな!!」
背骨から嫌な汗が染みだすような感覚を覚えながらも、ロアの動きは迅速に準備を整える。
がたがたがた!と慌ただしく、袋から小ぶりのナイフ二振りと防具を取り出して残りを受付に投げつけた。
ぎゃーなにしてくれてんですか!とかいう受付からの叫び声に、預けものぉ!!と順番を間違えた応答を無理やりねじ込みながらも彼は取り出した装備の状態を確認していく。
急に血相を変えたロアが組合から外に出る直前で、目を白黒させたままのアイリアに話しかける。
「お前、回復魔術使えるんだよな。来るか?」
「へ、へぇっ!?えっと、その、今すぐ?」
「お前のお仲間とやらがどうなってるかわからんぞ」
アイリアが決断を下そうとしている間も、ロアは手を動かして防具というにはいささか貧相な、小手やすね当てをはめていく。戦いを有利に進めるための防具、というより、いざという時に致命傷だけは避けられるようにつけるだけな防具だった。
「お前が何のためにこの界隈に入ったのは知らないけど、最初に見せた魔術が回復ってのがどうも気になるんだよな。普通、ああいうのって火とかわかりやすいのを出すんだが」
パシ、と取り付けた防具を叩いて確認して、腰からナイフをぶら下げる。これで彼自身の準備は完了した。
「まあ、ぶっちゃけるとさ、人を治せる人になりたくてこの子は冒険者になったのかなって思って。前線の回復役って大事だろ。それにほら」
少し言いにくそうなそぶりを見せた後、小さなはいた息とともに漏れ出すように彼は言った。
「お前さんが来てくれれば、人命の一つや二つ助けられるかもよ」
続けて、逆に、と言い始めようとした彼の言葉を遮る形で、アイリアは意を決したように静かに応えた。
「――――――行きます」
「準備は?」
「大丈夫です。私はいつでも臨戦態勢なので!」
「そりゃいい。冒険者の才能あるよ」
軽口を叩きながら外に出るロアに続いて、アイリアも外に出る。
「目指すは地下の魔窟だな。道中で説明はしてやるから、急ぐぞ」
「はいっ!」
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