Descendant of the bravers 2話
木の梁が丸見えの部屋で男は―――ロアは目を覚ました。アルコールの匂い、といっても酒臭い方の香りが鼻につく。それと下から感じる人の気配は少ないけれど騒がしい。つまりここは病院ではないのだろう。
それに病院なら、
「起きましたか」
病院なら、寝台のすぐ横に小さな少女を座らせておくこともないだろうから。
おはようございます、とにこやかにほほ笑む少女が頭のすぐ横で座っている。髪色は金の色素をさらに薄くしたであろう金髪。健康そうな肌の色をしているが、多少の疲れが顔にでている。服装にもそれが現れているのか、元からなのか、純白であっただろうロングワンピースは控えめな装飾と共に薄汚れてしまいぼけてしまっていた。かぶっている帽子、というよりベールのようなものも着ている服に合わせた装飾なのだろう。しかし、当然のように帽子も汚れている。
くすんでいるというより落ちない砂ぼこりのような汚れ、年月だけではない汚れのつき方を見て、何となく察した。
(こんな年端のいかない子まで冒険者なのか)
当然、冒険者になる理由は人によりけりではあるのだが、それにしたって自分よりも10は年下に見える女の子が首を突っ込むような世界ではないだろう。今どきの子供は進んでいるというより、この子の場合はあまりにも勇み足に感じられた。
何はともあれ、状況が飲み込めていない。直前の記憶が欠落しているという自覚だけが彼にはあった。依頼を達成して、町役場に連絡と確認をとって、そこからの記憶がいかんせん曖昧である。
ロアが周りを見渡すと、横で座っている彼女以外に人影はいない。
(貴重な情報源だ、紳士的に行こう)
「あー、どちらさんです?」
「はいっ、アイリア・プラウムと言います!」
まったく聞き覚えのない名前が出てきた。ロアの知り合いにアイリアとかいう名前もなければ、プラウムについてすら見当がつかない。そもそも彼女に見覚えがない。
それにしたって、一言話しかけただけなのに目の前の彼女はいたってご機嫌そうだ。体の動きこそはないものの、背後からじわじわとしみだしているオーラが喜びをこれでもかと表現している。
じろじろと下世話な瞳で観察していても仕方がない、名乗ってもらえた以上礼儀としてこちらも返すべきだ、そう考えてこちらも名乗る。
「ロア・グランド……だ。よろしく」
敬語をつけるべきか否かわずかに逡巡したが、後々直すのも面倒だから、普段通りでいいだろう。さて、お互いの自己紹介も終え、次にやるべきことは何なのかと思考をめぐらせようとしたその時、アイリアとかいう少女によってその声はかき消された。
「そうだ、お腹すきましたよね。お粥持ってきますね!」
「ああ、いやだいじょ…」
言い終わらないうちに彼女は部屋から出て言ってしまった。階段を下りる音が響く。
若さゆえなのか生来のものなのか、そのそそっかしさに懐かしさを覚えながら、彼もまた寝台から降りた。
病人用の随分薄っぺらい服に違和感と微妙な寒さを感じながら部屋を出て階段を下りる。
部屋にいる時は気にならなかったが、すでに日は高い位置にまで上がってしまっていた。年を取ったせいか一日一日がやけに早く過ぎ去っている気がするが、今回は疲労による気絶が原因である。
(倒れたのが夕方近くだったから……一日たってんのかもう。俺の能力は燃費が悪いからなあ)
年々衰えていく体力に関する問題を考えながら、腹をかきながらあくびをした。こういった細かい所作が、更なるオヤジ化を呼び起こしていることを彼は知らないのである。
狭い階段を下りると、昨日ぶりの酒場が広がっている。客は当然のようにまばらだが、むしろ昨日までの盛況ぶりが異常だったともとれる。なにせ、繁盛の原因は謎の化け物の発生なのだから。
昨日の化け物は問題なく対処できたが、結局そのことについては町長に直接話せていない。
(町長に報告しないとな。昨日はなんでか会えなかったし)
役場に行ったら、そこそこおっぱいの大きな受付のお姉さんに申し訳なさそうに謝られたのだ。あんなので前かがみになって謝られたら許すしかない。許すしかなかった。許すべきだったとすら思う。
「あっなんで降りてきちゃったんですか」
そんなアホなことに脳みそを使っていると、先にテーブルについているアイリアと目があった。
「上じゃ暇なもんで」
「でも全然お粥できてませんよ」
「ていうか君が作ってくれるわけではないのね」
「調理場に部外者立たせるわけにはいきませんからね」
客側の席からでは調理場の様子を拝借することができないが、包丁の音が聞こえたり、煮込んでいるような音が聞こえるあたり、今日の昼か夕の分でも作っているのだろう。
要するに彼女はお粥を作ってくれるよう頼みに下に降りただけだったらしい。
冒険者の組合と飲食店が一緒になっていることは田舎ならよくあることだが、雑な料理だけでなく病人食さえ作ってくれる厚生っぷりには頭が下がる思いである。代わりとしてそこそこの年会費を取られるとしても、だ。
立ちっぱなしも何なので、先に座っていた彼女と一緒の席に座る。
「……なんで横にいたの?」
席について早々、質問を投げかける。なぜいつ起きるかもわからぬ男の面倒なんて看ていたのか。彼女がいなくても何やかんやでロアは普通に起きたし、普通に下に降りたはずだ。わざわざ面倒を見る必要はない。
「頼まれたんです。あなたが倒れた時に駆け寄ったのがわたしだけだったから」
「あー、無償で?」
「そうですね……そうなります。はい。それに、わたし回復魔法使えるんです」
「そっかー無償かー」
アイリアの手のひらからぽわぽわした緑色の光が漏れ出る。この世界では基本的な回復魔法として人々には周知されているのだが、なぜか彼女は自慢げだ。
そんな彼女を見たのか無視したのか、ただ働きかー、と呟きながらロアは組合の受付に行くと二言三言ほど話をして何かを受け取って戻ってきた。
ぽす、とお金をテーブルの上に置く。
アイリアはそれを二度見して、三度見、四度見、五度――
「はやくとりなさいって」
むんず、と無理やりロアがお金を握らせた。
駆け出しの彼女からしてみれば決して少なくない金額であるのだが、それを渡すということはそれはつまり。
「これは……あれですか、『お前を一晩買う』的な何かですか」
「違うっちゅーに。いや、後払いで実質お前の一晩買ってるのか俺は」
「お母さんが言ってました、大人の男からお金を渡されたときは膝枕をしてあげろって」
「お前のお母さんが無垢なの?お前が無垢なの?二人ともバカなの!?」
一人立ちした娘に向かって役に立たなすぎる忠告を送るのは親としてゆがんでしまっているのでは。
ゆがんだ親の愛情のせいか、自身の疲れのせいかめまいがした。
「ともかく」
この流れはいけないと、ロアは咳払いをしてアイリアに告げる。
「せいぜい今回の報酬の一割ってところなんだ、今後のお前の旅の足しにしてくれ」
「あと、追加料金で耳かきも付きますよ」
「その話まだ終わってなかったんですか」
咳払い一つで断ち切れる流れではないらしい。
アイリアが指先で何かをかき出すしぐさを見せるが、耳かきというよりも挑発するときに行う動きにしか見えない。やはりバカでは?
テーブル越しに喧嘩を売る女の子を無視していると、いきなり皿が荒々しく置かれた。
「お天道様の出てる時間から売春の相談とは肝が据わってるね」
「こんなガキにそんな相談できるわけねぇだろ」
店員のおばさんから頼んだお粥と一緒に頼んだ覚えのないイヤミが送られてきた。
「都会じゃあそういうのがはやり始めているらしいけど」
「そんなただれた風俗が流行ってるわけないでしょ」
うけけけー、と変な笑いとやわらかい笑みを浮かべたおばさんは去るのであった。
「気味が悪かった」
「売春ってなんですか?」
「他人の心を温かくしてあげることだよ」
「なるほど」
若人の真摯な疑問に答えて、ようやくロアは味の薄そうなお粥にありついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます