第46話 偶然
ビジネス英会話教室でのグループレッスンの後、
個人レッスンも終わり、
先生から勧められた英語小説の原書を買う為、
本屋へ向かっていると利沙から電話が入った。
『ハ~イ、これから何か予定ある?』
「本屋に行って、後は帰る」
『じゃ、
本屋は何処?』
「祇園の
『なら、清水近いじゃん。私もこれからすぐ出るから、
終わったら電話して』
「分かった」
通話を切り、バス停に向かう。
本当は、各務の会社もあるので洛中エリアは
あまりうろつきたくなかった。
先生に勧められた本は白鳳堂オリジナル本で
そこで買うしかない。
店は駅にもバス停にも近いし、万が一、
偶然会う事があっても逃げ道はたくさんある。
と、気持ちを切り替え、電車に乗った。
***** ***** *****
俺は書類を机の上に散積したまま椅子に座り、
後方の窓外へ目を泳がせていた。
静流が入って来て、ため息をつく。
(この度、彼女も俺と同じ監督委員に着任し。
おまけに俺のお目付け役となった。
ハッキリ言って超ウザい!)
「なぁにクサってんの?
今朝からずっとその調子よ。
昼はちゃんと食べた?」
お袋みたいに小煩い静流にうんざりしつつ、
くわえタバコに火を点ける。
「どーでもいいけど、
今夜の約束はすっぽかさないでよ?
あぁ、Wデートなんて久しぶり!」
「面倒くさい。行きたくねぇー」
「いい加減ハラを据えなさい。結婚するんだから」
「自分で決めた訳じゃない」
「こんな風に部屋へ篭ってばかりじゃ
気分も鬱になるってもんだわ。ちょうどいいから、
白鳳堂に私が予約した本取りに行って来てよ」
「かったりぃー」
「外の新鮮な空気を吸えば、
そのぼっさぁぁっとした頭も少しはしゃっきり
するでしょ。ホラっ」
追い立てられながらエレベーターに乗った。
外に出ると ――
ま、確かに3月の風は爽やかで、
頭と胸の中の澱みも少しは薄れてくれそうだ。
俺はゆっくり祇園方面へと歩き出した。
***** ***** *****
白鳳堂で、目的の本と日英辞書を手に取り、
それ以外に目についた小説の原書や観光ガイドを
物色する。
―― あぁ、こんなのんびりした時間もたまには
いいなぁ~。
私は少し楽しくなって、巨大な書店内の探策を
始めた。
スティーブン・キング原作「グリーン・マイル」を
手に取る。
この物語は、トム・ハンクス主演で1999年に
映画化されている(日本公開は2000年)
1932年、大恐慌時代の死刑囚が収容されている
刑務所を舞台とするファンタジー小説。
他に同氏のモダンホラーも2冊一緒に購入した。
店を出ながら利沙に電話をかける。
「今本屋出たとこ、利沙は何処にいる?」
『もうすぐ本屋が見えてくるよ』
私は周囲を見渡す。
「何処よ……」
こちらへ向かってくる人並みの中で、
立ち止まってこちらを見ている
見覚えのある顔が視界に入った。
「そんな……」
2度と会わないと決めた匡煌さんが立っていた。
私も凄く驚いたけど、
匡煌さんはもっと驚いた表情で私を見ている。
耳の奥で大きく聞こえる自分の心臓の音と共に
周囲の景色が消え、匡煌さんだけが私の目に
映っている。
2人の間の時間(時)が止まった……。
私はその場に凍りついてしまったよう動けなかった。
匡煌さんも動かなかった。
『かずっ!』という、
利沙の声で2人の時間は元に戻り呪縛が解けた。
―― ここにいちゃいけない。
利沙の腕を引っ張って匡煌さんと反対方向にある
地下鉄の昇降口へ走り出した。
「待って! 和巴っ!」
匡煌さんの声が聞こえなくなるまで全速力で走った。
やっぱりここへは来るんじゃなかった。
スマホのエディ機能を使って自動改札機を通過し、
階段を駆け下りて、息を切らしながらベンチに座った。
「あ、あんた……足、速……っ」
ハァ ハァ……息を切らし。
息を整えながら利沙が笑った。
「ハハ ―― 久々の全力疾走……」
「……ごめん」
「……鉢合わせしちゃったね」
「うん……もしかしたら、
とは思ってたけど、びっくりした」
「でも、久々に顔、見られたじゃん」
「それはそうだけど……」
「かずちゃんってば、カオ真っ赤」
「うるさい」
「……んじゃ、行きますか、清水さんの桜まつり」
「まさかあっちでも、バッタリ、
なんて事はないよね?」
「あー? アハハハ――んな偶然そうそうある訳
ないじゃん」
「だよねー、じゃ、行こうか」
イエ、1度ある事は2度ある、かもね……
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