第32話 デート ③


「1人?」


「え?」


 誰?


「寂しそうに座ってるけど、1人? 遊ばない?」


 もしかしたら、これが俗にいう”ナンパ”?


 貴重な体験だとは思うけど、今は勘弁して欲しい。

  

「いえ、人と待ち合わせているので……」


  茶髪の若い男は笑った。


「さっきから見てたけど、誰も来ないじゃん。

 1人なんでしょ?」


「いえ ――」


  ったくもう、しつこいなっ。

  

「遊ぼうよ。気持ちいい事してさ」


  男が私の腕を掴んだ!


「ちょっ、何を……本当に人が来るんです」


「じゃ、後10分待って来なかったら、俺に付き合う。

 それでいいね」


「え? そんな、こ、困ります!」


「ほらぁ、やっぱ、ナンパされるの待ってたん

 でしょ~?」


  笑いながら私の腕を掴んで立たせようとする!

  どうしよう……!

  

「本当に人が来るんです!」


  こいつ、マジしつこい……。



「和巴っ!」


 匡煌さんが走って来た!


「チッ ―― なぁんだ、ホントに男いたんだ」


  茶髪男は舌打ちして歩いていった。


  匡煌さんは私の前で息を整えながら

  しゃがみこんだ。


「あ……」


「ご……ごめん……おれが……」


「いえ……私……っも……」


 急にさっきの不安と怖さがこみ上げてきて、

 匡煌さんが自分を探してくれたのも嬉しくて、

 涙が溢れた。


「ごめんなさい! 私が勝手に歩かなければ、

 こんな事にならなかったのにっ……心配かけて

 本当にごめんなさい!」


 匡煌さんの大っきな手が私の頭を撫でる。


「怖かっただろ? もう大丈夫だから……」


 横に座って私を抱きしめてくれた。


 そのぬくもりが優しくて、嬉しくて……

 安心できて…

 私は彼の胸の中で泣いた。 

 

 

 ***  ***  ***



 やっと和巴を見つけた時、

 何と! 彼女はナンパされていた!


 しかも男は腕掴んでるし!

 ナニ、俺様の和巴に気易く触ってんだ!!


 その男を2~3発は殴ってやろうと思ったが、

 まずは彼女を救出しなければ!!


 だから、あえて彼女を呼び捨てにした。


 こういう場合、『ちゃん』付けは不似合いだと

 思ったから。



 よほど怖かったんだろう、彼女はボロボロと

 泣き出した。


 ホントに申し訳ない事をした……

 楽しいはずの1日が、俺のせいで台なしだ。


 泣き出した彼女の頭を撫でたが、それだけでは

 身体の震えを止められないと思い、

 俺は彼女を抱きしめた。


 彼女も、俺に縋り付くよう泣いている。


 もっと強く抱きしめたい……


 でも、そんな事をしたら、自分の感情を

 抑えられなくなるのが分かる。

 

 こんなに近くに……

 自分の腕の中に居るのに。

 彼女の存在が遠い。


 遠すぎて、もっと近くに和巴を感じたくて、

 俺は抱きしめる腕に力を込めた。


 彼女の身体が痙攣した事で、我に返る。


「少しは落ち着いた?」


 俺は声をかけ、身体を離す。


「本当にごめん。俺のせいで怖い目に遭わせて

 しまって」


「いえ、私こそ、泣いたりして……」


 和巴はハンカチで涙を拭いた。


「もう、大丈夫」


 俺を見て笑った。


 その笑顔に ―― 心臓を直撃された……



「……匡煌さん?」


 彼女が俺の目じっと見つめる。


 その目から、視線が外せない……


 彼女も、俺を不思議そうに見ている。


 駄目だ……見つめ返しては駄目だ。


 この人は ――



「まさてるさ……」



 言いかける和巴の唇を静かに、

 俺はキスで塞いだ。 

  

 


 私の問いかけにも答えず、彼の顔が近づいてきた。


 一瞬、何が起きたのかが分からなかった。


 目の前には、優しい彼の顔。

 そして自分の唇に ―― 彼の唇が触れていて……


 そこで私は彼にキスされているんだと自覚した。


 けど、耳の奥で大きく聞こえる自分の心臓の音と

 共に周囲の景色は消え。


 彼の顔だけが私の目に映っている。


 2人の間の時間(時)が止まったかのよう……。


 匡煌さんの熱い唇はそのまま頬にずれ、

 時折耳たぶの辺りを甘噛しながら、微かな吐息を

 その耳元に吹きかけつつ ――、

  

  

「和巴、お前の全てが欲しい……」  

  


 そう囁かれた途端びっくりして、体を離し

 彼の顔を見た。


 彼も、私を見ている……


「あ……」


 キスされた時より恥ずかしくなって、そんな自分は

 見せたくなくて思わず立ち上がる。


 けど、彼に腕を掴まれて立ち去る事までは

 出来なかった。


「離して」


「……和巴は、俺じゃ嫌か?」


「……」


「返事は家へ帰るまで待つから」

 


 喧騒の音が消えてしまい、鼓動の音だけが

 耳に響いていた。

  

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