第30話 デート

  時間通り、待ち合わせ場所に現れた匡煌さんは

  いつも見慣れたビジネススーツとは違って。

  

  とても色っぽく素敵に見えた。

  

  『おはよう』って、挨拶を交わした時から

  胸のドキドキが止まらない。

  

  それから私達が辿ったデートコースは、

  ま、ありふれた所ばかりだったけど。

  

  私にとっては大好きな匡煌さんが隣にいるって

  事が最も肝心なポイントなんだ。

  

  どんなに仲のいい友達と一緒だって、

  ここまで高揚した気持ちにはならなかったと思う。

  


  水平線に沈む夕陽を見るのが目的で、

  わざわざその時間帯に訪れた**の大観覧車は、

  私達と同じような目的でやって来たカップルで

  けっこう混み合っていて、ゴンドラ内では

  2人きりになれなかったけど。


  偶然相室になったカップルは、新婚旅行で来日した

  というドイツ人のご夫婦。

  

  ちょうど、ゴンドラが頂上辺りに差し掛かった時、

  スマホで自分達のキスシーンを自撮りしていた。

  

  かなり濃厚なフレンチ・キスだったので、

  向かい側に座った私達は、さすが目のやり場に

  困った。  



 ***  ***  ***


 【匡煌Side】


  その後、近くのショッピングモールに行った

  俺達はそれぞれ土産物を買った。

   

  彼女からはストラップを貰った!

  やったぁぁ! 早速ヒデに自慢しよう!


  俺あげたネックレスをこの場ですぐ

  つけてくれたし!


 『好きな人には買ったのか』という言葉は

  複雑だった。

  和巴の為にと買ったから、勿論肯定したけど……


  やっぱり俺は『兄』位にしか思われてないのか。

  心の中で溜息をついた。



「―― あの……匡煌さん」


「ん? 何?」


  俺は気持ちを切り替え、和巴を見て微笑む。


「えっと……トイレに、行きたいんですが……」


  少し恥らって和巴が言った。


  『トイレ』程度で今時の恥じる女子いるなんて!

  彼女は正にこの世の貴重品だ!


「あぁ、確かその先にあったよな ……」


  探して歩くこと数分、トイレを見つけた。


「荷物、持ってるよ」


  彼女から買い物の袋とジャケットを預かった。


「あ、ありがとうございます」


「んじゃ俺は、そこの喫煙所にいるから」


「分かりました」



『―― まさくん』


 背後から俺の名前を誰かが呼んだ。

 

 誰だったっけ?


 振り返ると、元カノ・麻由美が立っていた!

 この長谷部麻由美とは、和巴と見合いした直後に

 別れた。

  

「あ、ま……まゆ……」


 和巴も麻由美を見てる。

 対する麻由美は余裕たっぷりで”ど~もぉ”と

 和巴に会釈した。


 あぁ ―― なんか、コレってあんまり、

 いい状況じゃあないよな……


「元気だった?」


 麻由美が笑いながら俺に話してくる。


「あぁ、まゆも元気だったか? 今日はデート?」


「ううん、古川達と食事。まさくんと別れてから

 もー散々よ……あなたは?」


 麻由美は言いながら和巴をチラッと見た。


「私……トイレに行って来ます」


 和巴は小走りにトイレへ。


「確か今の子とお見合いしたんだっけ?

 付き合う事にしたんだぁ」


 麻由美が和巴の後ろ姿を見ながら話す。


「違うよ、か、彼女とはまだそんなんじゃない……」


「ふぅぅん、まだ、ねぇ……」


「お前の方こそ、気になっている人とは、

 どうなったんだ?」


「そんな人、居るわけないじゃん」


 麻由美が笑う。


「え?」


「ショックだったの! 久しぶりのデートだったのに、

 会った途端『別れよう』なんて言われて……だから

 咄嗟に嘘をついたの。あんたの前で泣きたく

 なかったし」


 麻由美は怒る口調で笑っていた。


「……ごめん」


 頭を下げた俺に、また麻由美は笑い、

 2人で喫煙所へ向かう。


 麻由美もタバコを吸いながら俺の顔を見た。


「もう、彼女には告ったの?」


「え?」

 

 麻由美は和巴の行ったトイレの方を見てる。

  

「だから彼女とはそんなんじゃ ――」  


「またまた ――」


「あ?」


「先斗町界隈の花街じゃ芸子さん達が噂してるわよ~。

 祇園の種馬が最近は女子大生にぞっこんで骨抜きに

 されてるようだ、って」


「ハハハ ―― 骨抜き、ねぇ……でも、彼女とは

 そんなんじゃねえよ」


 麻由美が座っている方向からトイレから出て来た

 和巴がこっちを見ていた。


 あぁ……! 何だか嫌な展開。

   

「……ね、手ぇ貸して」


「え?」


 俺を見ている麻由美が、俺の手を握る。


「本当に好きだったんだよ……だから、最後に

 少し手を握ってて」


 下を向いて呟くように小さな声で言う麻由美は、

 今にも泣き出しそうだった。




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