第21話 素直になれない

 週末。

 本来なら今頃は、東京行きの新幹線に揺られている

 ハズだった。

  

 『―― あ、もしもし和巴。ごめんっ!

  太朗のアホが家の屋根から落ちて足の骨折った

  って。せやから東京行けんようになって

  しもたぁ』

   

 『何言うてんの! そんな事はどうでもええから

  タロさに付いててあげな』



 ―― って事で。


 どうせ家族は妙子叔母さんちへ遊びに行って

 留守だし。

  

 年始はみっちり自身のスキルアップに

 充てるつもりでいた。


 なのに!


 『今夜フィガロで待ってる』

 『 ――必ず来いよ』って、

 宇佐見の誘いをすっぽかしたら、

 こともあろうに学長から直呼び出しがかかって。


 まさか、聖職者である学長とヤクザまがいの優男が

 裏で繋がっていた、なんて、夢にも思わず。


 一体何事やろ??と、呑気に出向いた大学の

 応接室で私を待っていたのは

 大林学長と宇佐見のおっさん。


 学長は私を室内へ迎え入れると

 「それじゃ、後は頼みましたよ」と意味深な言葉を

 宇佐見へ残し、そそくさと出て行ってしまった。



「……俺は心の広い男のつもりだから、過ぎた事は

 根に持たない主義だ」



 はぁ、そうですか。



「しかし、約束をすっぽかされれば当然その理由が

 気になる……昨夜はどうして来なかった?」



 しっかり根に持ってるじゃん。



「でも、それで、わざわざ学長を通してまでの

 呼び出しは度が過ぎてるんじゃないですか?」



 彼はゆっくり立ち上がって、私がまだ佇んでいる

 戸口へやって来た。



「ほんなら、直接自宅へ行った方がよかったか?」



 いや、そんな事をされたらえらい騒ぎに

 なってしまう。


 この間の夜の公園での大告白だって。

 次の日、お隣の酒屋のおっちゃんやら魚屋の

 おばちゃんやらに冷やかされて大変だったんだ。


 ただ存在してるというだけで、この男は

 目立ちまくりなんだ。



「ホント、ツレナイよなぁ~……このオレがここまで

 好意を示してんのに」


「あなたのは好意ではなく、ただのセクハラです」


「お前、シラフだと(ほ)んっと可愛くねぇな。

 ま、酒が入っててもかなりの毒舌だったが」



 私はつい、あの翌朝の情景を思い浮かべてしまい、

 かぁぁぁっと赤面。


                                 

「あ、またお前何かヤラシイ事考えてたろ~……

 欲求不満なんじゃね?」


「しっ ―― ?*!★(失礼な――ッ)

 お話しはそれだけなら失礼させて頂きます」



 顔が異様に熱いのは、羞恥からか? 


 彼へ激昂したからなのか?


 何がなんだか自分でも分からなくなり、

 踵を返したけど。


 彼が私の背後から手を伸ばしドアを手で

 押さえてしまったので、開ける事が出来ない!


 私より頭ひとつ半分ほど背の高い宇佐見さんが

 至近距離に

 (ってか、ほとんど密着状態で)

 傍に立つと、必然的に彼は私を見下ろす恰好になる。


 私は早鐘のようにドキドキし始めた鼓動を

 彼に勘づかせないよう、ゆっくり彼を見返した。


 すると、彼は私の目をじっと覗き込む

 ようにして、その顎に手を添えるとやおら

 口付けてきた。



「!! んン、ちょ……っ!やめ ―― 」



 私は腕を思いっきり突っ張って

 宇佐見さんを押し戻した。



「いきなり何すんのよっ」


「じゃ、予告でもすりゃ良かったか?

 お前ってさ、何だか無性にいじりたくなる

 タイプなんだよなぁ~」


「ふざけな ――」



 言いかけた私の唇に、懲りもせずまた

 自分のソレを重ねてきた。


 しかも今度のはかなり濃厚なべろチュー。



「やだ……って!」



 抵抗しようとする私をドアへ強く押し付けて

 強く舌を吸われる。



「やめっ ―― ん……っ」



 私の顔を両手で包むと、深く舌を入れてくる。

 引き離そうと宇佐見さんの腕を掴むが力は入らない。

  


「は……っ……あっ……や」



 す、すごい……

 あっという間に思考は混濁 ――


 情熱的な宇佐見さんの口付けに腰は砕け、

 立っているのもやっとになった頃。

  

 部屋の扉がノックされ。


 宇佐見さんは名残惜しそうに私を放した。



「続きがお望みなら今夜オレんちへおいで。

 場所は分かってるよな?」


「……」

                         



 あれから ――。


 大学の応接室を後にして、一体どうやって自宅の

 自室へ戻って来たのか?

 よく覚えていない。


 それだけ、宇佐見さんとの口付けは鮮烈で衝撃的で……

 カウントダウンに行けなかったお詫びがてら

 遊びに来た利沙が電気を点けてくれるまで

 カウチソファーで呆然と座っていたんだ。


 「どうしたの? 何かあった?」って聞かれ。

 「別に何もないよ」なんて、答えても。


 この時の私の様子は誰が見ても普通じゃなくて、

 何かあったのは一目瞭然。


 長い付き合いの親友には最初からバレバレで……。


 私は利沙が淹れてくれたホットココアを

 飲みながら、今日大学で何があったかを

 ポツリポツリと話し始めた。



「……うちこの前フィガロで彼と鉢合わせた時も

 思ったんやけどさ……宇佐見さん、和巴の事、

 本当に好きなんやない?」


「ご冗談をっ。茶化されてるだけ。ちょうどいい

 暇つぶしの道具やて、遊ばれてるだけやし」


「せやけど、何の興味もない女の事、わざわざ

 休みの日に普通呼びつけたりするかしら」


「さぁね、最初からあいつは普通じゃなかったし、

 やる事なす事大体規格外だから」



 利沙には曖昧にそう言ってごまかしたけど。

   

 夜、床に就いても、

 応接室でじっと覗き込まれた時の

 あいつの強い視線が脳裏にちらついて。


 ほんの一瞬触れただけのあいつの唇の感触が

 はっきり残っていて。 

 なかなか寝付けず、ものの見事に寝不足で寝坊。


 おまけにあの時の残像が事あるごとに脳裏に

 ちらついて。


 もう! 勉強どころじゃなくって……


 年明け一番の講義は、

 祠堂の狂犬と別名のある講師・御手洗が担当する

 現代経営学で。


 私は集中力散慢のペナルティーとして

 今週いっぱい、放課後は補習授業を受ける事に

 なった。


 トホホ……。   

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