第20話 目覚めのコーヒーは貴方と一緒に

「―― うーん、困ったなぁ」



 賑わう通りをきょろきょろ見回す和巴は

 眉をひそめ呟いた。


 利沙や千早らと並んで歩いていたのだが、

 ふと耳に入った泣き声に足を止めた。


 そして雑踏に逆らうようにして泣き声に向かう。


 そこには浴衣を着た小さな女の子が母親と

 はぐれたのか、声を上げて泣いていた。



「大丈夫?」



 しゃがみ込んだ和巴は少女に声をかけ、

 励ますように手を握る。


 母親も探しているに違いない。


 どうしようか考えあぐねていると、

 たこ焼き屋台の主人から

 祭りの警備本部へ行ってみたらどうか? と

 勧められ和巴は早速そこに向かった。


 そこで

 女の子は無事母親と再会したが、

 今度は和巴がはぐれてしまったのだ。


 どんな人混みの中でも大柄な皓を見つける事は

 できると思っていたが、

 さすがにこの賑わいの中ではそう簡単に

 見つけられそうにない。



「もしかして、私が迷子になった……?」



 スマホは圏外。

 自分自身に呆れて、乾いた笑いしか出てこない。



「じっとしていても仕方ない」



 皆んなも探してくれているに違いない。


 互いが動いていたら会えないのではないか。


 そう思った和巴はこの神社の入り口で

 待つ事にした。


 人並みを眺めながら待つこと数分。


 ドーンと大きな音がして花火が上がった。


 祭りに来ている殆どが花火目当てなのだろう。

 足を止めて夜空を見上げる。


 すぐに二発目、三発目と夜空に花が咲き、

 皆で見る事ができたらもっと楽しかっただろうと

 思いながら和巴もその美しさに目を見張った。


 花火は四発、五発と次々上がる。


 花開く時は綺麗だと思うが消えてなくなると

 切なくなる。

 ましてや和巴は現在迷子状態だ。



「一緒に見たかったなぁ」



 心細く呟くと、



「そう思うなら勝手にうろちょろ歩き回るな」



 すぐ真横で声がして、

 和巴は飛び上がるほど驚いた。


 夜空を見上げていたから気づかなかったのだ。



「うさみさん ―― どうして……??」


「あぁ、オレだ。大丈夫、見つかった」



 宇佐見は自分のスマホで誰かに連絡した後、

 和巴に向き直った。



「あ、あの、ワケは何だか分かりませんが、

 お手数おかけしました……」



 社会人にもなって迷子になろうとは思っても

 いなかった。

 しゅんと項垂れた和巴の髪を宇佐見がくしゃりと

 撫でる。



「で、楽しめた?」


「はい、とっても」



 今年は卒業準備で忙しく、

 こうして日本の季節の行事を楽しむ機会と

 余裕もなかった和巴は、

 本当に嬉しそうな笑顔を見せた。


 ドーン、ドーンと続けて音がして、

 和巴と宇佐見の頭上で、

 晴天の夜空に大輪の華が咲いた。


 夜空に広がる鮮やかな華を見上げる。


 今まで見た中で一番綺麗だと和巴は思った。



 花火は第一会場・第二会場同時の

 大フィナーレで無事終焉。


 宇佐見と和巴は肩を並べて帰路につく。


 もうすぐ新しい年が明ける……。


 期せずして秋祭りを楽しめた和巴は

 幸せだった。



 この後は成り行きで宇佐見のマンションへ

 雪崩れ込み、

  

 深夜の一室で妙齢の男女が、

 一升瓶からそのまま冷酒をコップに注ぎ酌み交わし

 大盛り上がり。



「―― あぁ、もうこんな時間。楽しいけど

 そろそろお暇しなきゃ」



 和巴はココへ来る前立ち寄った食堂でも

 結構な量飲んでたから

 もう放っておいても瞼がくっついちゃうくらい

 眠たくって。


 ゆらゆら舟を漕ぎ始めて……

 不意に温かな感じに包まれたと思ったら、

 そこは宇佐見の腕の中で……




「……気持ち、いい……」


「ホント?」


「ん、んん……ね、もっと、ぎゅーして……」



 なんて、図々しいリクエストをしながら、

 宇佐見にギュッと抱きしめられたまま、

 夢の谷底へ落ちていった。

  


 ***  ***  ***



 ふわぁ~~、良く眠ったぁ~……。


 この2ヶ月間の忙しさ帳消しにするくらい

 爆睡したよ~。


 なんせ、季節の変わり目は中途編入の新入生の

 学内案内やら、ゼミの発表会と勉強会も

 目白押しで寝る間もなかったもんね


 気持よく体を伸ばしながら大アクビをかまし、


 あ、れっ?


 この薫りは……コーヒー?


 うん、飲みたいかも。



 そこで、ふと我に返り、この室を見回す。


 ホテルでも旅館でもない、ましてや自分の部屋でも。


 あまり見覚えのない天井……

 寝心地の良いベッド……はっとして半身起こした。



 ココは、宇佐見さんのマンション?


 私ってば ”まさか”の寝落ち?


 きゃぁぁぁ~~っっ!! 恥ずかしぃっ!



 とりあえず現状を把握する為、

 もう1度ゆっくり室内を見渡す。


 白と黒を基調とした、

 シックなオトナの雰囲気漂う

 シンプルなベッドルーム。


 必死に昨夜の記憶を辿る ―― が、


 お祭りから戻った後、彼と冷酒を酌み交わし、

 かなり盛り上がったところまではおぼろげに

 覚えている。


 問題はそこから先、何がどうして自分がここで

 目覚めたのか? という事。


 恐る恐る自分自身をチェック。


 よし、異常なし。


 お見合い相手と云えど、

 あんなイケメンに自宅へ招かれ

 (連れ込まれ?)


 一緒に酒を飲んで一夜をひとつ屋根の下で

 過ごしたのに、何もなかったのは、

 お年頃の女子としてどうか? とも思うが、

 

 酒に酔った勢いでイタしてしまうなんて、

 後悔が残るだけじゃないか。


 とにかく、何事もなかった事にひと安心して、

 ベッドから出て、寝具の乱れを整え、

 部屋のドアノブに手をかけた。



 ―― カチャ



 ドアを開け寝室から出たら、

 

(宇佐見さんは同じマンションに2つ戸室を所有していて、

 こちらの部屋は仕事用だそう)

  

 ますますコーヒーのいい薫りに包まれた。


 整然としたLDK。


 出窓の方から風がフワリ、と吹き抜け ――

 私の髪も風にそよいだ。


 気持ち、い……


 その出窓の所で佇みコーヒーを飲んでいるのは

 密林の王者 ―― ではなく、三十路の

 中年親父。


 けど、1枚の絵画のような情景に、

 目も心も一瞬で奪われた



 かっこいい……


 彼も私に気が付いた。



「あ、おはよ。昨夜はよく眠れた?」


「うん、1年分くらいはぐっすりと」


「そ。そいつぁ良かった」



 けど、彼は目の下クマになってるみたい


 眠れなかったの? 


 あっ! ひょっとして、私のせい……



「……どうかした?」



 私は何か不思議なチカラに引き寄せられるよう、

 彼の方へ歩をすすめた。

    

 私が辿り着くのを待ちかねたかのように、

 手が伸びてきて、私の腰に回り……ムギュー……



「もし嫌だったら突き飛ばしてもいい」



 あ、この声、好きかも ――


 偶然ご本人ともこうして深く知りあえて……



「私の方こそ、勘違いしちゃうかも……」


「勘違いって、たとえばどんな?」



 彼が喋る度、その吐息が耳元を掠め

 何だかこそばゆい。



「……宇佐見さんの、いけず……」


「っっ……」


「宇佐見、さん?」


「ご、ごめん」


「って、何に?」


「せ、洗面所はあっち。新しい歯ブラシあるし、

 洗顔フォームもあるから」



 そう言って私の体を回れ右させ、自分も洗面所隣の

 小部屋(トイレ)に駆け込んでいった。


 変な宇佐見さん……。

  


*****  *****  *****



 さてさて、トイレにこもった宇佐見は、

 すぐさま、荒々しい手つきでチノパンと下着を

 一緒に下ろし、便座に腰掛ける。


 見ると、ソレはすでに猛っていた。


 和巴によってこんな風になってしまったと思うと

 不本意で、雑な手つきで欲望を握り締めて

 上下に扱く。


 ―― いつもより硬いように感じるのは

 気のせいだろうか?


 いや、気のせいであってくれ……


 昨夜の和巴の醜態を思い出し、

 動かす手を止められない


 ドクドクと脈打つソコは、

 硬さと質量を増していき先端は水気を帯びて

 動きがスムーズになっていく。



「はぁはぁはぁ ――」



 ――マジ、

 今朝のオレは本当にどうかしている。


 いつもなら、

 こんな早くにイクなんてこと……!


 『宇佐見さん』


 初めてが和巴が自分の名前を呼んでくれた

 時の声が蘇り ―― その瞬間、果てた。


 欲望を吐き出して我に返った宇佐見は、

 自分のした事が居たたまれなくなってくる。


 あまりのショックで、膝に手を置いて項垂れたまま

 しばらく動けなかった。


 こんな朝っぱらに、彼女オカズにヌくなんて、

 俺ってサイテー……   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る