第19話 後日談

 結局、昨夜、和巴は一睡も出来なかった。


    

 (う” う” ―― ぅ、頭痛が痛い……)



 もおぉぉぉっ!!


 晴彦のコマシ! 自己チュー宇佐見のばかぁっ!

  

 男なんか、もういらんっ。

  


 泣き腫らした最悪な腫れぼったい顔に加え、

 寝不足で超ズキズキする頭を抱えたまま、

 入った茶の間ではいつもと変わらぬ光景が

 繰り広げられている。

  

 いち早く和巴に気付いた真守が、

 驚きのあまり箸でつまんだ出汁巻玉子を

 ポトリと落とした。

  


「か、和ちゃん……どしたの? その顔」



 順次、気付いた姉達も”あら、まぁ”と

 驚いている。

  

  

「へ、へへへ……フランダースの犬とダンボと

 銀魂ぎんたま、徹夜で見てたら涙止まんなくて」

 

「ふ~ん」


「けど、銀魂でよく泣けたわねぇ」



 千早姉は呆れたよう呟き。



「とにかく保冷剤で冷やしましょう」



 何事にも立ち直りの早い祥子しょうこさんは、

 冷凍庫からアイスパックを持ってきてくれた。

  


「ん、ありがと、祥子さん」 


「―― ね、ところでさ姉ちゃん、

 理玖の奴いつの間に帰国してたん?」

 

 

 理玖はフィギアスケートのオリンピック

 強化選手としてスポーツ推薦で大学へ入学し

 同時にアメリカへ留学したのだ。

 

 

「んー、あんたが利沙ちゃんのとこへ家出した翌日

 やけど、どうしてー?」     

  

「ふ~ん、そうやったんや……」


    

 1日に絶対、朝・昼・夜があるように。

  

 あれだけ落ち込んで、泣きまくった翌日でも

 お腹は減り。


 いつもよりちょっとだけ多めの朝ごはんを

 しっかり胃袋へ収めて学校へ出た。                      

  

 *****  *****  *****



 何もこんな日に学校へ行かなくても……と、

 思わないでもなかったが。

  

 今日はずっと前から楽しみにしていた

 女流推理小説家、曙小町あけぼのこまち先生の特別講義がある。


 アマチュア時代から先生の大大ファンの私は、

 ユーモア溢れる先生のお話に集中する事で

 ほんの少しでもいいから昨夜の出来事を

 忘れていたかった。


  

 無残にも腫れまくっていた瞼は、元メイクアップ

 アーティストだった祥子さんのおかげで

 僅かな充血を残すまでとなっていたけど、

 利沙にはバレて、本日予定されていた2時間の

 特別講義が終わったと同時に学食へ引っ張って

 行かれた。

  

  

「―― あぁ、なるほどねぇ……けど、

 あいつの浮気なんて今さらじゃない? 

 かえって別れる踏ん切りがついて良かったじゃん」

 

「ん~……」


「それともなに? あんたまさかまだ、

 あのタラシに未練があるとか ――」

 

「とにかく今回のは流石の私もかなりショック

 だったのっ」

 

「因みに聞くけど、その新しい相手って

 どんな女だったのよ。あんたがそこまで

 落ち込むほどの女だったワケ?」

 

「んー……ってゆうか……」



(まさかそのお相手が男で、実の弟でしたなんて

 いくら利沙にでも言えない……)

   

   

「ねぇ、和巴。悪い事は言わんから ―― 」



 と、言ったまま、利沙が絶句する。

  

  

「……り、さ?」


「……嘘でしょ(Holy shit !)……」 



 そんな利沙の視線を辿ったら、学食の出入り口

 近くに理玖と晴彦が佇んでいた。

  

  

「あぁ、もうっ……」        

     

「……まさか、あの2人……?」


「……」


「OK。もうこうなったら、

 今夜は合コンで思いっきり盛り上がろー」

 

「はぁっ?? どーしてそうなるのよ」


「いいから いいから、この利沙姐に全部任せて

 おきなさい」

 

「……」



(やっぱ、今日は休んだ方が良かった)

  


 この後、私は晴彦と理玖に屋上へ呼び出された。

  

 この2人が揃えばあの話ししかないなぁって。

  

 だから利沙にも同席して言うたのに、

 利沙ってば『あぁ、胸クソ悪い!』って

 どこぞに行ってしもうた……。

  

    

 空はすっきり日本晴れ。


 今の季節にはそぐわないぽかぽか陽気なのに……

 今や全地球上の不幸を一身に背負ったような

 暗い表情の晴彦と理玖は、その屋上で私と対峙した

 とたん地面へへばり付くように土下座をした。

  

  

「ちょっ、ちょっと! いきなり何よ」


「煮るなり焼くなり、どつくなり、

 自由にしてくれ。

 俺が ―― 俺達がお前に与えた傷は

 そんなもんじゃ償いきれないって分かってるけど、

 今の俺にはこれくらいしか思いつかへんから」

 

「……私は、話し聞きに来たんやけど?」



 ゆっくりと上げられた2人の顔は

 涙でびしょびしょだった。

  

 姉と弟で1人の男めぐってドロドロの修羅場、

 なぁんてとんでもない!

  

 もう、くっついてしまったもん、どう足掻いたって

 しょうがないから。

  

 それに、よく見りゃこの2人 ――、

 かなりムカつくけど、結構お似合いだ。



「……因みに、いつ位から付き合ってた?」



 晴彦と理玖は一瞬戸惑ったよう顔を見合わせ、

 晴彦が答えた。

 

 

「ん、っと……去年のバレンタイン頃かな」


「じ、じゃあ、2年近くも前から ――?!」


「ん。そうなるな」



 なんて、シレッとした表情で言ったから。


 (”そうなるな”なんて、他人事みたいに。

  こいつぅ…………)

   

 私は怒りがまた湧き上がってきて。

 

 気が付けば晴彦をグーで殴り倒してた。

    

     

「晴彦? 言っておくけど、私の可愛い弟まで

 泣かせたら今度こそ京都タワーのてっぺんから

 突き落とすよ。分かった?」


「……おおきにぃ~ かずはぁ……」



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