第18話 宇佐見の告白

 その関東煮の屋台は宇佐見さんの自宅からも、

 会社からも徒歩圏内にあった。

      

 結構夜が更けても賑わっている店内の

 カウンターに並んで座った。



「う~ん……お出汁のいい匂い……」


「絶品だぞ ―― まず、何を食う?」


「大根と玉子、牛スジそれと……」


「こんにゃく、がんも ―― 全部食うだろ?」


「食う」



 今、目の前のおでん鍋の中で、くつくつと

 温まっている全種類のおでんをとにかく

 食べまくった。



「―― 美味い!」


「だろ?」



 宇佐見さんは熱燗を飲んでいる。


 私はこのお店の女将さん手作りの梅酒を

 チビチビ……。



「ここには ―― 嫌な事なんかがあると

 必ず来るんだ。来てとにかく食う。

 それでスッキリする」


「……」


「最近は楽しい事が多くて来なかったけどな」



 何気に私を見る視線が熱い。



「……楽しい事?」


「和巴と会うこと」



 私を見つめたまま笑った。 

   

 また、妙な事を言い出した……  

   

   

「《何言ってんだ》 って、顔してる」


「当たり」



 私は笑った。



「やっと笑ったな……うん。断然、笑ったほうが良い、

 やっぱ女の子は笑顔がキホンな」



 宇佐見さんは笑いながら私を見る。



「クサすぎ」



 私はまた笑った。



 宇佐見さんには ”1杯だけ” って、言われたけど

 ”あと、もう1杯”ってしつこく食い下がって ―― 

 結局、特製完熟梅酒を3杯飲んで、ほろ酔い気分で

 店を出た。





「満足か?」



 店を出て歩きながら宇佐見さんが聞いてきた。



「うん、満足。どーもごちそうさまでした」



 笑いながらお辞儀をした。



「いいえ、どういたしまして」



 宇佐見さんも笑いながら私を見た。



 そしたら、頬に、冷たい何かが当たって……

 あ ――。



「雪……」



 初雪だ……私は空を見上げた。


 火照った顔に落ちる雪の冷たさが気持ち良い。



「……かずは……」



 宇佐見さんが私の名前を呼んだ。


 酔っ払ってるのか? 

 横に立つ彼を見ると至近距離で立っていた。


                              

「酔って ――」



 いるの? と、聞こうとした時、

 宇佐見さんは私の腕を掴んで歩き出し、

 人陰に隠れるように小さな公園へ入る。


 結構飲んでたし……急に気持ちが悪くなったかな?

 それなら……



「ねぇ、大丈 ――」


   

 私はいきなり、宇佐見さんに公園のフェンスへ

 押し付けられた。



「ど……」



 ―― うしたの? と、聞こうとする私に……


 いきなりのキス!


 酔った勢いでこんな事するなんて最低!

  

 私は宇佐見さんを引き離そうとするが、

 両腕を掴まれて身動きが取れなくなった。



「ちょ……っ!やめ ――」



 言いかけたその口に舌を入れてきた!



「やだ……って!」



 抵抗しようとする私をフェンスに強く押し付けて

 強く舌を吸われる。



「やめっ ―― ん……っ」



 私の顔を両手で包むと、深く舌を入れてくる。


 引き離そうと宇佐見さんの腕を掴むが力が入らない。



「は……っ……あっ……や」


  

 ここまで激しい、映画で外人さんが

 するようなキスはした事がなかった!


 耳が熱くなる。


 恥ずかしさと舌を吸われた時に、腰が痙攣する事

 への戸惑いが身体を火照らせる。



「う……さみ……っさ!」



 宇佐見さんの力が強くて抵抗できない……



 が! しかし! 

 人間、死に物狂いで何とかすれば

  

 渾身(こんしん)の力で宇佐見さんを押しのけて、

 身体を放し、手で唇を拭いて彼を睨んだ。


 さっきまでその瞳の奥に野獣の険しさを宿らせて

 いた彼だけど、今は、さっきまでの勢いが嘘の

 ように自信なげで不安そうな目をしていた。

  

 なんだかこっちが弱い者いじめでもしてるような

 心境になって……いたたまれず、

 踵を返して私は駆け出した。

  

  

 どうやってバス停にたどり着いたか? なんて


 分からなかったけど、私はやって来た深夜バスに

 飛び乗った。


 ショックだった……


 良い人かもしれないと、ちょっとでも思い始めて

 いた矢先だったので、そのショック度も格別だった。


 焼肉屋での危険メーターを尊重するべきだった。


 溜め息をつきながらバスを降り、自宅へ向かう。



 ……はぁ? うそでしょ?


 宇佐見さんが居た!


 あ ―― こっちに来る!



 そんなに嫌なら逃げりゃあいいものだが、

 肝心の足が動いてくれない……!


 私の前に立った宇佐見さんは、



「さっきは、すまなかった……」



 と、私に頭を下げた。



「酒が入ってて……

 空を見上げる和巴の顔に見惚れて」



 見惚れる? こんな私に?



「少し……話さないか?」


「話す事はありません」



 そう、話さなくて良いのだ!



「嫌われたな」


「すっかり」



 宇佐見さんは、間髪入れずに答える私に少し笑う。


 そして沈黙……


 いやな『間』だ。



「祠堂学院の土屋主任教授とは祖父の代から交友が

 あってね」



 宇佐見さんが沈黙を破り、

 私の目をまっすぐ見据えた。



「”TOEICじゃ900ポイント近い成績を残し、

 全国統模試でも学校でも成績上位なのに、

 家業への就職を希望してる学生がいる” 

 と聞いて。是非とも1度会いたいと思った」

 

「……」


「見合いの時、お前”自分の事を調べたのか?”って

 聞いたよな? 答えは、イエスだ。ありとあらゆる

 手段を講じて徹底的に調べた。だけど、ヒデの店で

 鉢合わせたのは全くの偶然だ」 

 

「……」


「おそらく、あの時……ひと目惚れをしたんだ、

 お前に」



 はあ?

 ひ……ひと目惚れ?



「だから……」



 だから? ダカラ? なんなの?



「オレと付き合って欲しい。もちろん結婚を前提

 とした真面目な交際だ」



 周りの喧騒の音が一気に消える。


 てっきり、茶化されてるとばかり思っていた、

 目の前に立ってる男に告白された。  



「悪いけど、当分の間誰とも付き合うつもりは

 ないから」



 宇佐見さんを真っ直ぐ見据える。



「あの元カレ以外に好きな人でも?」


「おらんけど……」


「じゃあ、オレに惚れさせれば良いんだな?」



 はい?

 前々から思ってたけど、あなたのその揺るぎない

 自信はどこからくるの?


 下手すれば自意識過剰の嫌味な男なだけじゃん。


                          ※

「せやから……」


「人を好きになるのに条件がいるのか?」


「条件……って」


「今までオレは手当たり次第に女と付き合ってきたが、

 1人の女に固執したのは初めてだ。この責任は

 どう取る?」



 せ ―― 責任??

 私のせいなん? 違うやろ?!


 あぁぁ! なんや、ムカついてきた!



「責任って何よ! うちはアンタに『惚れてくれ』

 なんてひと言も言ってない!」



 あ


 公衆の面前…


 しかも実家のご近所さん……


 通行人が興味心深々に見ながら通り過ぎて行く。

 あぁ、あのおっちゃんなんか立ち止まって

 見てるし。


 もぉぉぉぉ!!


 これ以上こんな所で醜態を晒すわけにはいかなくて

 宇佐見さんの腕を掴んで、人影のない近くの公園に

 入った。



「あんな場所で妙な事言わんでよ!」


「ここなら良かったのか?」



 宇佐見さんが笑う。



「そういう意味じゃなくて!」


「好きな人に好きだと言って何が悪い? 

 場所なんて関係あるか? 

 京都駅前であろうと人混みの中心であろうと

 俺はお前を好きだと声を大にして言える」



 呆れる……



「惚れたんだからしょうがない、だからキスをした。

 何が悪い?」



 自分の気持ちばかり押し付けやがって!



「ほな、私の気持ちは?」


「確かに、お前の気持ちを聞かずにあんな事をして

 反省している」


「それなら……」


「だから、俺に惚れさせれば良いんだろ?」



 もおぉぉ! 何なんだ?



「言ってる意味が分かんないわ!」


「そのままだ、俺に惚れさせる」



 宇佐見さんは話しながら近づいて、

 咄嗟に逃げようとした私の腕を掴む。



「放して!」


「好きになれ、俺に惚れろ」



 私を引き寄せて強く抱きしめた。


 抵抗しようにも、がっちり抱きしめられて身動きが

 取れない!


                       

「放して!」


「俺を好きになれ」


「ならない! 絶対にならない! 

 早く放してっ!」



 私の言葉で宇佐見さんの腕が緩み、安堵したのが

 間違いだった。

 コイツは ―― また私にキスをした!!



「やめ ――!」



 あぁ……

 

 口を開かなければ良かった。

 舌を入れられてしまった……



「ん ―― ふ……」



 私は学習能力ゼロや……

  

  

「っぁ、やだって…っ」

 

 

 逃げる舌を追いかけられ、強く吸われたかと思えば

 唇を舐められたり……


 嫌でも感じてしまう身体に戸惑いながらも必死で

 抵抗した。


 ようやく唇は開放されたけど、抱きしめられて

 身動きは取れない。



「好きだ……かずは……好きだ……」



 宇佐見さんは呪文のように言葉を繰り返す。


 何も言えなかった。

 言いたいのに言葉が出てこなかった……


 ただ、ただ呆れた。



「好きだ……」



 宇佐見さんが更に強く私を抱きしめる。



「あんたなんか大っ嫌い」


「好きになれ」


「ならない」


「好きだ和巴、好きだ」



 私の身体を抱きしめたまま顔を寄せてきた!

 またキス?! 私は歯を食いしばる!



 一瞬、宇佐見さんの笑い声が聞こえたような

 気がする。


 不意打ちか?


 彼は私の頬にキスをして



「おやすみ」



 と、頬を撫でて、笑いながら駅に向かって

 歩いて行った。



 宇佐見さんの姿が見えなくなり、私は一気に脱力して

 その場にしゃがみこんだ。


 何が起きたん?


 うちの身に……何が起きたん??


 それに今日は何て夜よ ――!


 展開があまりに性急すぎてついていけない!

    

 7年も付き合ってた男へ自分から別れを告げ。


 舌の根も乾かぬうち

 別の男から告白されて……キスまでされて。


 きっと厄日やな……


 地面に座り込んでポケットの中から、

 もう必需品と化している飴玉を取り出し、

 口に放り込んで気持ちを落ち着かせる。


 マジ、何なん? あのおっさん……


 呆然と、夜空の星を眺めていた。  

  

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