第7話 夢と現実の狭間で
姉・
北西に桂川・嵐山烏ヶ岳、
北東に金閣寺、
東に二条城を望む、
庶民的な商店街で大衆食堂を営んでいる。
「いらっしゃいませ ―― って、何だ和巴なの」
店内へ入ると、利沙と
「お邪魔してまぁす」
私ら3人のテーブルに、お冷を運んで来た
銀色のトレーが私の後頭部を直撃。
「っっ ―― ったいなぁ!! 何すんのよー」
「お帰り、和巴……」
口角を上げたまま半眼でニュウと顔を突き出した
姉の千早(ちはや)に睨まれ、私は不貞腐れ
ながらも返事を返す。
「……ただいま」
フフン――と、私を一瞥してカウンターに戻る
姉を見送って、公子がクックッと含み笑う。
「相変わらずだね、千早さん」
「ったく……子供が生まれて余計に強くなったみたい」
「これぞ ”母は強し” よ」
「彼女は、成瀬家で最強だもん」
私とは10才違いの姉・千早は、
その昔レディースに入りバイクをブッ放して
傍若無人の限りを尽くし散々両親を泣かせていたが、
その両親も相次いで他界した後は、
私と双子の弟の面倒を見てくれた母親代わりだ。
夫の(私にとっては義兄の)成瀬
元消防隊の特殊レスキュー隊員。
21年前の震災で半壊した実家の廃材の中から
姉と私を助け出してくれた私達の命の恩人。
姉と皓さんはこれがきっかけで付き合い始め、
両親の三回忌を契機に結婚した。
このお店 ―― 大衆食堂”あさひ亭”を始めたのは
6年前の事だ。
消防隊で働いていた当時から料理の腕は
皓さんのオリジナルレシピは関西人の舌にも合い。
ボリューム満点で安くて旨いと上々の評判で。
地域住人はもとより、
遠方からくる観光客達にも人気が高かい。
家族だけで切り盛りする同族会社。
その日も、いつも通り夜の7時40分過ぎから
閉店準備を始め。
午後8時きっかりに店の表のライトを消した。
「ふぅ~~っ、疲れたぁ……」
それから店の戸締まりを確認して奥の茶の間に
下がろうとした時。
それまでレジの会計作業をしていた義兄に
呼び止められた。
「和巴 ―― ちょっと、こっちに来て座れ」
姉の旦那様と言っても、
”おしめを替えて貰った事がある”ほど
小さい頃からの付き合いなので、
本当の兄弟同然で。
姉と同じく頭が上がらない存在。
そう言えば義兄とは今日は学校から帰って
ひと言も話してなかったなぁ……だって、
何か朝からチョー機嫌悪かったしぃ……
私、何かした?
ううん、何もしてないよ……多分。
「……昨夜、国枝社長とお会いした」
利沙のお母さんだ。
ちの5軒お隣に住んでいる。
「お前、学部の主席だってな」
その言葉でお茶の間にいる家族から一斉に
大注目された。
主席っつったって今回が初めてだしぃー、
取れたのははっきり言って偶然の産物だ。
それまでずっと主席と次席を維持していた
上位2人が質の悪いインフルエンザでダウンした
から。
「凄いじゃない! 和ちゃん。末は博士か? 大臣?」
なんて大袈裟なパートの西田さん。
「ホント、鳶が鷹を生むって事はあるんだねぇ」
と、しみじみ喜ぶ喜久子婆ちゃん。
「さすが和ちゃん。うちの妹にも見習って欲しい
もんだわ」
間もなく第1子を出産予定、パートの祥子さん。
「―― で、この不景気の中、新卒採用の内定を
下さった企業を蹴ったんだって? 何故だ」
「なんでって、んな事分かってるでしょ。私は卒業
したら壬生食品で働くの。それで会社を大きく――」
「お前を雇うなんて、何時・誰が言った?」
そんな言葉が返ってくるとは思ってもなくて、
狼狽える私の目を義兄が見据えた。
「そりゃあお前の気持ちは凄く嬉しい。俺だって
会社を今よりもっと大きくしたいって気持ちは
ある」
「私だって皓さんや姉さん達の助けになりたいから
今まで頑張って勉強してきたんだよ? お金貯めて
そのうちMBAも取ろうと思ってるし」
「だったら尚更、ちゃんとした企業に就職しろ。
うちの会社に勤めるのはそれからでも遅くはない。
とにかく、卒業してもこの会社で働かせない」
と、立ち上がった。
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
「わざわざ短気留学して、海外で一体何を学んで
きたんだ? もっと広い視野で仕事という
モノを覚えろ。就職浪人になんかなったら家(うち)
から叩き出す」
「皓さんっ、私は ――」
言いかける私を完全に無視して義兄は茶の間奥の
勝手口から外へ出て行った。
「―― あんたを家業に縛り付けたくないのよ」
うなだれる私に声をかけてくれる千早姉。
「うちは大丈夫だから、
内定頂いた会社に就職なさい」
「……ちょっと、風にあたってくる……」
手早く外出の身支度をして、外へ出て。
この日、家へは帰らなかった。
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