2日目 12月19日 23:10 死線

「ヒャハハハハハハハハハハハハッ!!」


 耳障りな笑い声を背中に浴びながら、僕らは文字通り必死に走る。


 目指すのは、人通りのある道。距離にして数メートルのそこがひどく遠く感じられる。


 死にたくない。怖い。恐い。

 歯を食いしばってアスファルトを蹴り続けるが、並木を引っ張っている右腕がつりそうだ。


 だけれども、ゴール希望はもう目と鼻の先。


 行ける。助かる。


 そう思った。そう、感じていた。




 ……そう、感じて




 ぐいっ


「えっ?」

「………。」


 唐突に引かれた右腕。崩れた重心は、僕を後ろに引きずり倒そうとしていた。

 そして、並木の左手はほどけた。


 何で?何故?なんでなぜ?


 ゆっくりと傾く目の前の光景と並木のニヤリと笑ったその顔。数秒とたたずに体とアスファルトに挟まれた右手がじくりと痛んだ。


 直後。


「ヒャハッ、ハハハハッ!」


 イカれた、奴の笑い声が、すぐ背後から聞こえてきた。


 嫌だ。




 嫌だ。




 嫌だ嫌だ嫌だ!


 死にたくない!まだ、死にたくない!


 急いで起き上がろうとアスファルトと僕の体とに挟まれた右腕に力を入れる。

 が、現実は非情だった。


「あぐっ!!?」


 並木に無理矢理引かれ、体に押し潰された右腕はどうやらどこかを痛めてしまったようで、まるで力が入らない。


 重力に逆らうだけの力を出せなかった僕は、そのままアスファルトに後頭部を打ち付けた。


 ごつっ


 視界がぐらりと歪む。頭が焼けるように痛い。

 歪んでぼやけた視界のはしに、あのにやけ面の仮面と血のついた斧が見えた。


 嘘だ。止めてくれ。待ってくれ。


「嫌だ……」


 力が入らない。脳内の警鐘が最大音量で流れる。


「死にたくない……」


 足音が来る。こっちに。

 みていたくなくて、僕は目をきつくきつく閉じた。


「止めてくれ……」


 心臓が早鐘を打つ。体温が、失われていく。


「来ないでくれ……」


 僕はまだ……


 近づいてくる足音に、金属の擦れる音。


 まだ……


 冷たい風が首を掠める。


 まだ……僕は……。


 目を開けて、叫んだ。


「望む夢を、叶えられていないんだ!」



 グチュッ!!











 鈍い肉をえぐる鋼の音。イカれたあの男の笑い声。


 飛び散る赤いしぶきと鉄の臭い。


 そして、


「……………えっ?」

「あ"………。」


 僕はアスファルトに手をつけたまま、呆然とその光景を見ていた。


 崩れ落ちる体からは、首がごろりと転がり落ちた。断末魔の絶叫さえ、許されずに。


 とろとろとこぼれ落ちる赤い体液が地面を濡らす。


 どぐしゃっ


 重たいモノからだが落ちる音が、耳に残って、離れなかった。


 僕の意識は、そこで消えた。

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